西村和泉
デザイン領域 文芸・ライティングコース 准教授
和歌山県生まれ
- 1997年
- 青山学院大学文学部フランス文学科卒業
- 2001年
- 名古屋大学大学院国際言語文化研究科国際多元文化専攻博士前期課程 修了
- 2004年
- 名古屋大学国際言語文化研究科国際多元文化専攻博士後期課程 満期退学
- 2006年
- パリ第8大学大学院文学研究科仏文学専攻博士課程 修了(文学博士)
現代ヨーロッパの文学と演劇の研究。サミュエル・ベケットの小説・戯曲・詩・映画の分析を通して、特定の言語や宗教、思想にとらわれない創作が生み出す効果について考察。また、日仏の現代小説の比較分析、ならびにメルロ=ポンティ、フィリップ・ガレル、コンテンポラリーサーカスにおける「身体」の考察を研究課題としている
まず飛び込んでみること
ヴラジーミルとエストラゴンという2人の浮浪者が、ただ延々とゴドーという人物を待ち続けるだけの何も起こることのない物語。ゴドーとはどんな人か、自分が誰なのか、幸せなのか、不幸なのか、本当にゴドーを待っているのか、そういったすべてが曖昧なまま、ただ待っているだけのお話。他愛もない会話が延々と繰り返される。これが、サミュエル・ベケットの代表的な戯曲「ゴドーを待ちながら」。なんの話なのかわからない? そう、わからないのである。自己の存在意義を失いつつある現代人の姿を表すだの、現代の孤独と不安を表現するだの、それまでの作劇法を打ち破り現代演劇全体を革新した記念碑的作品、などと説明されるが、要は舞台上でたいしたことは何も起こらない演劇なのである。芸術作品を目にしたとき、誰もがその意味を考える。創作者は自分の作品についてしっかりと語ることが必要とされる。しかし、作品に意味を見いだそうとする行為、「ゴドーを待ちながら」はその行為自体を問い直すような作品ともいえる。やっぱり、よくわからない……。
「モヤモヤしますよね。わからないものをわかりたい。だけど、たぶんわからないだろうなと思いながら過ごす。そのプロセスが好きなんですよ。私自身、何かと決断できない人間なので、それを正当化したいんだと思います(笑)」。
「繊細というと綺麗すぎるけど……」と前置きしながら、「小さい頃からいろいろ考える子どもでした。人はなんで見栄を張るのだろうとか、私はあのときなぜ悔しくて友達の足を引っ張ることをしてしまったんだろうとか。毎晩、布団に入ってから1日の会話を反芻して、明日は失敗しないようにしようと反省するんです。毎日布団の中で悶々と一人反省会。でも、翌日また失敗するんですよね。人間関係がちょっと下手なんでしょうかねえ」。
思わず失笑してしまう。芸大生と話す中で、自分のことを“コミュ障”と思っている学生が結構な比率で存在しているとは思っていたが、その大先輩ではないか。
「中学生の頃、太宰治にハマって、本屋さんの文庫を端から読み始めて、中学3年間は終わったという感じですね。高校では数学の時間も本を読んでいて、しょっちゅう先生に怒られてました。大学は、国文科へ進みたかったんですが、仏文学科に合格して。国文科の入試に太宰が出題されて、やった!これは受かった!と思ったらダメで仏文学科(笑)」。
本意ではなかった仏文学科だったが、文学に接することができるならと考えを切り替えたという。それまではあまり読んだことのなかったフランス文学に触れ、世界が拡がるような気がした。「大学時代は、言語学や音声学にはあまり興味がなく、“文学”に関する授業ばかり選択していました。徹底的に文学にこだわって履修していましたね」。
ベケットを研究することになったのも偶然だった。「『ゴドーを待ちながら』を読んで、台詞も短いし、外国人(サミュエル・ベケットはアイルランド出身)が書いたフランス語で、すっと入ってきました。なんでしょう。上手くいえませんが、シェイクスピアのようにしっかりした物語があって最後にクライマックスがあるような、それとはまったく別の世界観。裏切られ続けているような。わからない世界なんですけど、わからないからいろいろ考えて……でも、それが好きなんです」。モヤモヤとしながら思考を繰り返す、そこに身をゆだねるような感覚だろうか。未知のものを拒絶せず、立ち止まって見直してみる。とても大切なことのように感じる。
自身のことを評して、向こう見ずなところがあるという。ちょうどアメリカ同時多発テロのさなか、どうしても行きたくなり渡米した。「テキサス大学にベケットの草稿が保管されているんですよ。フランスでもイギリスでもなくアメリカ。やっぱりアメリカってお金持ちで、手紙とかノートの多くがアメリカの図書館にあるんです、どうしてもそれが見たくて。テロのせいで飛行機のダイヤもまだ乱れていたので、家族や友人みんなから止められて。でも行きましたよ、いうこと聞かずに。図書館に筆記具しか持ち込めない時代で、朝から晩までひたすら草稿を読んで書き写す作業。でも私としては行ってすごくよかった」。草稿からは、作者の思考のプロセスが見えるという。端書きのメモや落書きから、作者も意識していないかもしれない思考を読み取る。人に寄り添い、その人の気持ちを考えることに似ているのかもしれない。
学生には、失敗を恐れず何事にもチャレンジしてほしいという。「こんな私がいうのもどうかと思いますが、飛び込んでみるとなんとかなるもんですよ。未知のものにもとりあえず飛び込む。そこから開かれる道もきっとあるはずです。失敗の先にも道はあります」。そういって快活に笑った。
留学先のブザンソン、アミアン、パリにて
留学先のブザンソン、アミアン、パリにて
ホームステイ先のマダムと
大学4年間は文芸部に所属。皆で愛読書を持って撮影
人形劇やサーカスなど、舞台が大好き
中学生のときにTVで見た「道(監督フェデリコ・フェリーニ)」「自転車泥棒(監督ヴィットリオ・デ・シーカ)」「禁じられた遊び(監督ルネ・クレマン)」などがお気に入り。その頃から映画はヨーロッパ志向
販売元 : アイ・ヴィ・シー
近年の推しはアルゼンチンの作家 コピ。コピ原作の朗読劇「フリゴ、もしくは…冷蔵庫」を上演。開けられることのない冷蔵庫をめぐる、やはり不条理な世界。道化師の悲哀にも強く惹かれるという
朗読劇「フリゴ、もしくは…冷蔵庫」のアフタートークにて
【新博物誌】フランスの作家ジュール・ルナールの「博物誌」からインスピレーションを得て毎年制作している冊子。文芸・ライティングコースの3年生が文章を書き、日本画コース、洋画コース、コミュニケーションアートコースの学生有志が挿絵を担当
【ラジオドラマ制作】東西キャンパスの連携企画である「ラジオドラマ」の収録風景
サミュエル・ベケット!―これからの批評(共著)
●水声社
ベケットを見る八つの方法―批評のボーダレス(共著)
●水声社
サミュエル・ベケットと批評の遠近法(共著)
●未知谷
イマージュの肉―絵画と映画のあいだのメルロ=ポンティ(翻訳)
●水声社
新訳ベケット戯曲全集2 ハッピーデイズ:実験演劇集(共訳)
●白水社
レイモン・アロンとの対話(翻訳)
●水声社