素材と向き合う魅力
アトリエにお邪魔した。住所は、岩倉市の住宅街。木彫作家のアトリエである。倉庫のような場所、あるいは製材所のようにおがくずがたくさんあるようなアトリエを想像していると、現れたのは瀟洒な3階建ての住宅。聞けば、新築したご子息のお宅の一部屋をアトリエとして利用されているとのこと。木彫のイメージとは異なるドアを開けると、一気に鼻腔に木の香りが流れ込む。「クスノキですよ」かたづけられたアトリエの中には、大小、さまざまな作品が置かれている。人物、抽象的なオブジェ、そして、作業台に乗せられた大きな塊からも、香気が放たれている。形もさることながら、素材の木目も目は惹きつけられる。アトリエ内には、木彫だけでなく、テラコッタの作品、スケッチ、画集、フィギュア、ミニカー……、作家の興味の変遷をたどるかのようにさまざまなものが置かれている。
2000年代から精力的に行われてきた個展を見たことがあれば、立体だけでなく平面作品にも素晴らしいものがあるとおわかりだろう。木彫のためのアイデアスケッチの範疇を超える、デザイン的な線画。木彫にしても、暖かな子供像があり、抽象的な作品があり、空間を意識したインスタレーションの装置のためのような作品があり、多面的な魅力に満ちている。それらの源は何処にあるのだろうか。 「最初はね、中学のときです。教科書に高村光雲の『老猿』が載っていて、そこからです。『作りたい!』と思いましたね」 でも、そこからが苦労の始まり。「僕は、浜松出身なんですが、美術科のある高校がなくて、デッサンがやれるところということで工業高校のデザイン科に進むわけです」 立体をやりたいと思いつつ、デッサンに打ち込んだという。高校の同級生らは、今でもデッサンに励む姿を思い起こすという。高校3年になるとデザイナーとして就職先が斡旋されたというが、美術をやりたい気持ちがまさり、美大へと進学した。大学では、彫刻をやるか、日本画に進むか迷ったというが、立体への気持ちがやはりまさった。
「学生時代は、粘土とデッサン、クロッキーだけでしたね。木彫をやり始めたのは、大学を卒業して7、8年経った頃からですね」 岩井氏は5期生。当時、本学では木彫にしっかりと取り組んでいける体制は整っていなかった。「道具は、タタキのみ二本と木槌と砥石だけ。それだけのセットで小さなものを作ったりしました。仏面を彫ったりね。でも、一番重要なことは、木を用意できなかったことですね。それで、準備を整えるだけで7、8年かかったというわけです」 素材となる木は、しっかりと乾燥したものでなければならない。乾燥材として販売されているものは値が張りとても買えなかった。そこで、生木を購入し時間をかけて乾燥させることになり、結果、長い年月が経ってしまったという。「79年に彫刻村へ参加していますが、そこでいろいろなことを教わりました。のみの使い方やチェンソーの扱い方、木の種類……、材料も、製材所より材木チップ屋さんから買うほうが安いと、教わりました」
本格的に木彫を始めるまでの間、石膏で像を造った。「直付け」という技法で、骨組みを組んでおき、そこに石膏を直接、布で付けていく。この作業が、大いに役立ったという。「粘土もそうなんですけど、頂点を作っていく作業ですよね。底点から頂点を作っていく作業。木彫は逆です。頂点から底点を作っていく作業。そんなに意識として、変わりはないんですが、プラスの作業をやっていないと、削るというマイナスの作業はできないもんなんですよ」
ドローイングについても興味深い。立体を作る人たちは、丹念に何枚も絵を描く。さまざまな方向を考え絵にする。平面を描く人たちの中にもはじめに立体を作りイメージを作る人がいるが、どうやら立体造形にとってドローイングは平面における立体よりも重要な意味を持っているようだ。「完成予想図ですよね。ドローイングなんていいますけど、ずっと完成予想図といってました。立体を作るためには、最低4方向から見た図が必要です。学生たちにもよく話すんですが、このごろは何を調べるにしてもスマホやネットですよね。一場面しか見えない。3Dで発想しないと立体はできないですね」
「木は、自由にならない。時間もかかるし、扱いにくい。変に聞こえるかもしれませんがそこが魅力なんです。人物を彫ると『もっと彫ったら』とよくいわれますが、僕はこれぐらいがいいんじゃないかと思っています。全部、説明すると工芸品みたいに見えてきます。説明しないで、おぼろに見える表情の向こう側を、見る人に想像して欲しいんですよ」 アイデアのスケッチは、必ずしもその通りの作品にはならない。素材が生き物であるがゆえ、自由にはならない。枝振りや木目の方向性があり、それらと対話しながら作業を進める。「仕上げていく段階になると木がね、しっとりとしてくるんです。『これでいいよ、これでいいよ』と教えてくれるんです」
自由にならないものと対話しながらの制作、立体と平面、美術と工芸、芸術とデザイン……、多面的な魅力はさまざまな要素が複雑に絡み合っているからこそだとわかった。