Master to Artist

46号(2019年1月発行)掲載

日栄一雅
ひえい かずまさ

芸術教養領域
リベラルアーツコース

1975年
愛知県生まれ
1996年
岐阜大学工学部 中途退学
2018年
情報科学芸術大学院大学 修了
1999年
ヤマハ株式会社研究開発室業務委託契約で電子楽器のサウンド制作
2004年
同研究室にて電子打楽器の特許取得

■作品リリース (作品名/名義/レーベル)

2007年
Wave/Japone Brethren (SILVA & macrophage lab) / King Street Sounds (NYC)
2007年
Syn-fonia / macrophage lab. / Grand Gallery (Japan)
2009年
Agaruta/ macrophage lab. / Grand Gallery (Japan) 等
 

■楽曲提供・制作

2007年
ohta ファッションショーへの楽曲提供(フランスイエール国際モードフェスティバル)
2012年
映像作家AMICA氏の作品 「WWF 100% RENEWABLE ENERGY」の音楽製作
カナダ、オタワアニメーションにて ノミネート
2015年
株式会社デンソーデザイン部 社外展
"mokumoku"でのPV用BGM制作 等
 

■展示(作品名/展示会名称又は会場名)

2009年
Tap Step Jump - Breath Song (Kumiko omura,HIEI)/ ZKM ドイツ カールスルーエ
2011年
garden music project 02 /  名古屋大学プロジェクトギャラリー「clas」
2014年
HIEI 個展 イロすなわちこレソラ / gallery feel art zero 名古屋
2014年
Shift (HIEI,Izuru Mizutani) / Star Gallery 中国 北京
2015年
HIKARI RECORD 02 / SCOPE Art Show Miami アメリカマイアミ
2016年
in the flame / masayoshi suzuki gallery 岡崎
2017年
アカリSOUND / サウンドデザインフェスティバル 浜松
2018年
水面に咲く電子植物 / 中川運河 名古屋 等

心を動かすもの

 リベラルアーツの学生なら、名前を見て誤植と思ったのではないだろうか。本学では“一真"という表記で教壇に立っている。聞けば、教える仕事とアーティスト活動で「一真」と「一雅」を使い分けているのだそう。アーティストは自分が前面に出る仕事、学生に教えるという仕事は後方からバックアップする仕事だという。今回は、アーティスト“一雅"氏についてのお話から。

 「テクノロジーと音をテーマに作品を作っています。小学生の頃からコンピューターを使って音を作って遊んでいました。音を含めていろいろな現象が記号で表されるのが面白くて、それで工学部に進んだのですが、途中で辞めているんです。表現に興味を持っていた自分がいて、そこに矛盾が生じていたんだと思います。」

 その後、コンピューターとシンセサイザーの手腕をかわれ、楽器メーカーの研究開発に携わることになる。「研究室のスタジオとホテルを行ったり来たりする生活を、4、5年続けました。身体を動かすと音の出る楽器など、まだ研究段階の楽器の音を制作したり、デバイス発案で特許を取ったりしたこともありました。」

 そうした中で「いろんなストレスがあったんだと思いますが、病気になってしまったんです。  CFS(Chronic FatigueSyndrome)慢性疲労症候群という原因不明の病気です。熱が続いて、リンパ腺が腫れて、笑うこともできない。感覚としては攻撃する対象がいないのに、免疫システムが暴走している感じなんです。その状態が5年くらい続きました。どんどん体力を消耗していくし、でも仕事はしなくてはいけない。しばらくは原因どころか、病名すらわからない状態でした」大学病院を転々とするうちに、運良くCFSを研究する医師に出会い、それで病名が判明したのだという。CFSは、明確な原因が現在でも分っていないため、現在でも根本的な治療法も確立されておらず、心身に負荷をかけない様にすることが肝要だという。
 「僕の場合は、西洋医学では対処療法しかできないという事が分ったので、漢方や、気功など、いろいろ試したんです。そしたら気功が効いたみたいで、非科学的なものは一切信じなかった人間なのでその時はかなり驚きました。あと、心が身体に及ぼす影響がとても大きいのに気付き、その心のバランスをとるのに音楽がとても有効でした。」自分に合った音楽を聴いてリラックスすることで身体は快復に向かった。その経験から、聴いて心地良くなる、聴いてポジティブな気持ちになる、そんな音楽を創りたいという気持ちが大きくなった。ソロユニット名に「macrophage lab.」(マクロファージ免疫細胞)という名前を付けたのもそんな理由からだという。     

 少しずつ症状が改善する中で、並行して音楽制作も行い、自分で作ったCDをリュックに詰めて渡米し、ニューヨークのクラブで配り歩く。音楽を聞き、音楽を創り、音楽を送り出す、音楽だけの生活。そんなことを数年繰り返し、2007年についにNYのレーベルからデビューを果たす。そして、2009年には日本のレーベルからアルバムのリリースをし、好調な滑り出しをするが、時代はCDからダウンロード販売に移り始めた時期、そんな時代の流れに音楽の在り方について模索しはじめる。「従来は、CDというメディアがすごく力を持っていました。でも、MP3が普及してきたときにCDからデータを抜いてしまったらなにが残るんだろうと思うようになりました。作ったCDの価値はなんだろう、円盤に2,000円払う価値ってなんだろうと、すごく悩みました。それをリベラルアーツの茂登山清文教授にも相談したところ、『それって、元に戻っただけじゃない?』と言われました。とても衝撃的な一言でした。」

 社会の中でCDというメディアが芸術作品としての力を持っていたのは経済的な利益を生み出すからであって、当然本来の音楽は録音物だけではない。しかし、その時代においてはコンピューターを用いた音楽表現の主流はDTM(Desktop Music)やDAW(Digital Audio Workstation)であった。「コンピューターは録音物を作るためのだけの装置なのか?テクノロジーと音楽の関係にはもっと可能性があるのではないか?」そんな自問自答を繰り返すなか、コンピューターの特異性を活かした音の表現への追求が始まり、作品はよりインタラクティブなモノへとシフトしていった。                 

 表現の手段として論理の集合体であるコンピュータを用いたとしても、あくまで人の心を動かすものは、論理的なプロセスの枠の外にあると問い続ける。

 「絵を見て感動したり音を聞いて感動したりすることは、言語を超えて伝わりますよね。人間は、意識して判断するのではなく、意識しないまま美しいと感じていると思うんです。人が感動する部分というのは、そんな無意識的に起きていると思います。そんな無意識も電気信号による脳の活動です。だけど、そういう物理法則というか計算機として動いている脳の部分と、それを動かしているもう一つのなにかがあるんじゃないかと思うんです。計算機を使っている側というか。アートって、その部分に少なからず触れることができるものではないでしょうか。
 コンピューターがミュージシャンの身体に代わって音楽を奏でCDが作られる様になりました。次はアーティストの脳に代わって作品が生み出される時代が来ようとしています。でも、人工知能が人間の創造性に近づいたとしても、数値化できない部分にこそ創造の源があるような気がしています。そして、そこから生み出される表現、そこにアートの意義を感じています。」

Garden music 02 2011
植物の位置で音楽を生成する。DTMで使われるピアノロールという記譜法を、実際の空間に持ち出した。

Shift 2014
お香の煙から映像と音楽がリアルタイムに生成される。

ひかりレコード 2014
水晶の位置でメロディーを奏でる作品、クラック水晶の光を乱反射する性質を応用して水晶の位置を検出する。

In the flame 2018
ロウソクの炎を使って過去から現在までの時間の流れを1つの平面に投影した作品。

memu op.02 2012
本学サウンドメディアコースの学生と一緒に制作したパフォーマンス、人間の位置で音楽を奏でる。

水面に咲く電子植物  2018
水との化学反応で電気を生み出す電子色物を、中川運河に浮べるプロジェクト。
http://www.libergraph.com/project/artoc10/

Agaruta /macrophage lab.
macrophage lab.名義でリリースした初のアルバム。LISA SHAW、金原千恵子、TeN(A Hundred Birds)をフィーチャーした楽曲を収録。  

Wave / Japone Brethren
Japone Brethren(SILVA&macrophage lab.)名義でKIng Street Soundsからリリースした作品。