卒業記念講演 山田五郎氏「『好き』を作って食っていく」

 第49回 卒業制作展 記念講演として、2022年2月19日(土)評論家・編集者の山田五郎氏をお迎えしました。演題は「『好き』を作って食っていく」。コロナ禍で残念ながら入場に制限を設けつつの開催となりましたが、想定を上回る応募があり一般参加においても定員いっぱいのお申し込みをいただきました。参加講演に先立ち、萩原周教授から山田氏の紹介がありました。山田氏は、上智大学文学部在学中にオーストリア・ザルツブルク大学に1年間遊学し西洋美術史を学び、卒業後 (株)講談社に入社「Hot-Dog PRESS」編集長、総合編纂局担当部長等を経てフリーに。西洋史や愛好する機械式時計の著作やTVなどメディアへの出演でもお馴染み、萩原教授も「ぶらぶら美術・博物館」(BS日テレ)や山田氏のYouTubeチャンネル「オトナの教養講座 」のファンであると紹介しました。大講義室は一般参加の聴講者に譲り、学生はライブ配信会場での聴講となりました。

 講演は、「冷や酒と親父の説教は後で効く」と笑いから始まりました。前置きとして、コロナ禍の特殊な状況の中での卒業ということに触れ、こうした経験は人類史上初めてのことであり誰も経験したことのないことは必ず後の財産になる、こうした経験を誇りに思って胸を張って社会へ出て行って欲しい、と応援の言葉をいただきました。
 冒頭から、言いたいことは「自分の好きな仕事で食っていこうじゃないか」ただこれだけとして、寝ている時間以外の約半分を仕事に充てているのが社会人であり、それならば自分の好きなことを仕事にしたほうが正しい、好きなことを仕事にする、このことが青臭い理想論に聞こえるならば、それは社会が間違っている、と説明します。終身雇用と年功序列という会社のシステムを沈み行く船に例え、現在の学生たちは沈没する船の帆柱にしがみついているように見えると説明します。会社のシステムが崩れようとしている今、そうしたものにとらわれず自分のやりたいことを重視し、逞しく荒波に飛び込んで生きていって欲しいといいます。芸術と創作を学んだ学生こそ、人とは違うことを恐れずやり抜くことができる力があるはずであり、周りにながされる人を導くような存在になって欲しいといいます。

 芸術を学ぶことについて、「才能と感性」に重きが置かれすぎているのではないかと問題を提起し、創作において必ずしも絶対的なものではないのでは、と問いかけます。ゴッホを挙げ絵を描いていた期間はほぼ5年、一般的に知られる絵は2年余りの期間に描かれたものといいます。また、ムンクにしても知られている作品群は19世紀の終わりほぼ5年間に描かれたもので、その後の作品についてはあまり知られていないと説明します。名だたる芸術家といえども才能や感性だけで仕事をしているわけではないことを示し、才能や感性が創作のすべてではないことを説明します。芸術以外の分野でも、デビューすることよりも続けて行くことことのほうが難しく、そのことに携わりながら“メシが食えている”かが、プロフェッショナルとしての条件ではないかといいます。そして、続けて行くことは、才能よりも努力を続けることが必要であると説明します。
 日本の美術教育の問題として、才能や感性だけの問題と勘違いさせている部分があり、もっと知識を付けることや考えること、そのことを仕事としてやっていく方法について教えるべきではないかと問いかけます。村上隆著「芸術起業論」を挙げ、芸大生にはぜひ読んで欲しい本と紹介しました。美術や音楽の世界では、日本のマーケットだけを見ていても仕事としていくには難しく、ぜひ英語を習得して欲しいともいいます。語学は、自転車や水泳とおなじようなものだといい、必要があれば誰だってできるようになるもの、語学は道具と割り切ってコロナ禍が終わったあかつきにはぜひ海外へも目を向けて欲しいと説明しました。

 また、これらの提起に加え、グローバルで活動するためには日本文化の知識がとても重要であると説きます。藤田嗣治の時代から、西洋の真似だけではなく日本人にしかできないことが求められ、それに応えられてこそ評価される現実があり、それには日本文化について詳しくなることが必須であると説きます。少しの英語力と西洋美術史、そしてたくさんの日本文化を身につけること、それが必要と説明しました。
 さらに、好きなことを仕事にすることについて、多くの人が“好き”は能動的ではなく受動的なものと誤解しているところがあり、また、好みは変えられないものと思い込んでいるところがある、“好き”という情緒は不確かなもので、“好き”は努力して作ることのできるものである、といいます。趣味であれ仕事であれ、その中には必ず興味を惹かれる部分があり、そうしたことを感じながら努力していくことが肝要と説明しましました。
 経験することすべては自分の役に立つこと考え、失敗を恐れず自分の好きを作っていって欲しいと学生を激励し、講演を終えました。わかりやすい例えとユーモラスな語り口に、終始会場からは笑い声が起こり、意義深く楽しい講演となりました。

名古屋芸術大学卒業制作展・名古屋芸術大学大学院修了制作展