デザイン領域テキスタイルデザインコース、メタル&ジュエリーデザインコース(2024年度1年次入学生から工芸コースへ移行)では工芸分野の領域横断による連携を行っています。
今年度は、これまで長くテキスタイルデザインコースでお世話になっている株式会社スズサン CEO クリエイティブディレクター 村瀬弘行氏、メタル&ジュエリーデザインコースに、GRAFFシニアデザイナー、元ロレンツ・バウマー、ルイ・ヴィトン、ヴァンクリーフ&アーペルなどのジュエリーデザイナーである名和光道氏を客員教授にお迎えし、2024年7月2日(火)に特別講義を行いました。
お二人とも、名古屋市が主導する地域に根ざしている伝統産業をその技術とアイデンティティを活かしながら世界に発信していく伝統産業海外マーケティング支援プロジェクト「Creation as DIALOGUE」にて、クリエイティブディレクター/トータルコーディネーター(村瀬さん)、デザインアドバイザー/コミュニケーションコーディネーター(名和さん)と重要な役割を果たしています。今回の対談では、Creation as DIALOGUEを始めるまでの経緯と、ヨーロッパから見た有松絞りや尾張七宝といった伝統産業の価値についてお話しいただきました。お二人ともヨーロッパ在住であり、ドイツ デュッセルドルフ(村瀬さん)、フランス パリ(名和さん)をオンラインでつないでの対談となりました。
講義は、扇千花教授、米山和子教授により、テキスタイルデザインコース、メタル&ジュエリーデザインコースが、それぞれ有松絞りと尾張七宝にどのようにかかわってきたか、経緯の紹介から始まりました。
テキスタイルデザインコースが有松絞りと連携を始めるのが2005年。その頃には扇教授は村瀬さんとも出会っていたといいます。2009年に本格的に板締め絞りの授業を始め、有松とのかかわりが蜜になっていきます。村瀬さんには「後継者問題の改善と産地の活性化」というテーマがあり、産学連携がさらに深いものになっていき現在の「有松絞り 手ぬぐいブランドプロジェクト」へと発展していきます。連携に参加した学生が有松にて起業をしたり、卒業生がSuzusanへ就職するなど、人材の輩出も大きな功績といえます。
メタル&ジュエリーデザインコースは2019年から尾張七宝と連携を始め、あま市七宝焼アートヴィレッジでも授業や安藤七宝店のショップ・工場見学などが始まります。2021年に名古屋市は Creation as DIALOGUEを開始、名和さんは安藤七宝店とコラボレーションし「J.ANDO」を立ち上げます。2023年には学生作品を安藤七宝店栄店に展示し、安藤七宝店とCreation as DIALOGUEを軸に、名和さんとメタル&ジュエリーデザインコースとのかかわりが始まり現在に至るとのことです。
対談の前に、村瀬さん、名和さんから、自己紹介とこれまでやってきた仕事について紹介がありました。
村瀬さんは、2003年に大学で学ぶため渡欧、Die Kunstakademie Düsseldorf(デュッセルドルフ/ドイツ)で立体芸術と建築を専攻、テキスタイルやアパレル、有松絞りとは関係のない領域を専門としていました。当時のルームメイトが、たまたま部屋に置いてあった有松鳴海絞りの布地に興味を示し、あらためて魅力に気が付いたといいます。すでにその頃には、職人さんの数も減りどうすれば次の世代に伝統的な技術をつないでいけるか問題を認識し、Suzusanの立ち上げにつながります。村瀬さんは、「Material」(素材)、「Technique」(技術、有松絞り)、「Way of use」(用途)の3つを考え、綿以外の素材を染色することで絞りを洋服へ転用、また、ランプシェードやインテリアへと用途を見直すことで、絞りの可能性を範囲を広げています。こうしたことで生活の中に絞りを取り入れられるようにし、次世代へとつなげられるようにしたいと説明しました。
名和さんは、工芸高校でデザインを学び、デザイナーとしてグラフィックやファッション、建築などに携わりたいと考えていたといいます。インテリアデザインの会社で働き始めるも、自分のキャリアや先の展望が見えないことに不安を持ち退職。家具やインテリアに関連するということでパリへ渡航、自分が本当にやりたいことを考えたといいます。そんなとき、ロンドンで行われたティファニーの展覧会を見て衝撃を受け、ジュエリーデザイナーを目指します。カルティエとヴァンクリーフ&アーペルの写真集を買い、アルバイトをしながら写真集のジュエリーの模写などから独学でデザイン画を描き、1年ほどかけてポートフォリオを作成。アポイント無しでロレンツ・バウマーに持って行った所、翌日から研修生として入れてもらえたといいます。「パリに行って、そこでいろんなことをやって生きている人がいて、こんなに人生は自由でいいんだ、夢を追っていていいんだ、と変わりました」という言葉が印象的です。「10年後の自分はどうなっているかわからない、試行錯誤しながら悩んで頑張っていくうちに道が開ける」と学生らに応援しつつ、自身を振り返りました。
後半はいよいよ対談、ヨーロッパでお二人が出会うところから始まります。「1点もののハイジュエリーをデザインする世界に、日本人がいるということに驚いた」(村瀬)、「1枚写真見たときからすごいなと。そのとき展覧会の準備していて、たぶん、次の日には連絡したと思います」(名和)と、お互い認め合う存在。名和さんから「職人が1年も2年もかけて作るもの、世界に1個のものだから、違うブランドに似てるものはダメ、今までにあるようなものはもちろんダメ」とハイジュエリーのデザインの考え方に始まり、仕事の特異性と面白さ、また発想の源など、ハイジュエリーデザインの仕事の実際について紹介していただきました。ここではお見せできませんが、名和さんの貴重なデザイン画も見せていただきました。村瀬さんからは「デザイナーって華やかな仕事と思われがちだけど、内部調整とか事務的なことがものすごく多くて、職人さんに無理いってやってもらったり、人とのコミュニケーションする仕事」と仕事をする上でのデザイナーとしての共通点や、「日本人ということで信用してもらったり、面白がってくれたことを感じますね」(名和)と、ヨーロッパの中で日本人や日本文化がどう見られているか、といったところまで話は広がりました。「若いときに、自分の生涯をかけてやりたいと思うことに出会えたのは本当にラッキー」(村瀬)、「テクノロジーが進んでそっちが最先端と向かっていっていますが、そのカウンターとして世界中で手仕事が見直されてきているように思います。すごくこれからもチャンスがあると感じています」(名和)と話題は大きく広がりました。
質疑応答では、「デザイン画が立体になるとき思っているのと違う感じになることは?」「デザインするとき、実現可能なものから考えるのか、理想から考えるのか?」「目上の人や職人さんに自分の意見を伝えるとき、どんな点に気を付けているか?」「商品を手にするお客さんに、作品から感じて欲しいことは?」と、デザイナーとしての考え方や仕事のやり方、業務でありながらも自分のやりたいことなど、デザインの仕事を考えるうえでの有用なアドヴァイスをたくさんいただきました。「着心地いいとか、色が好きとか、気分がポジティブになるとかっていうところから買ってくださるのは大事。ただ、その先にある手仕事だとか、ものづくりにかかわった人だとか、産地だとか、そういったところまで想像してもらえるように今後も心がけていきたいです」(村瀬)と締めくくり講義は終了。地域の伝統産業が持つポテンシャルを感じさせ、可能性を感じさせる刺激的な特別講義となりました。