サウンドメディアコンポジションコース 公開講座
トーンマイスターワークショップ2025 ―音を創造する3日間―

 サウンドメディアコンポジションコースは、2025年10月9日・11日・12日の3日間にわたり、公開講座「トーンマイスターワークショップ2025」を開催しました。講師にはドイツ・ベルリンよりトーンマイスターのフローリアン・B・シュミット氏を招き、本学ウィンドオーケストラによる吹奏楽セッションレコーディングを通して、録音・編集・ミックス・3Dオーディオ制作までの全工程を実践的に学ぶプログラムが展開されました。
 本ワークショップは、ドイツの音楽大学で行われているトーンマイスター教育をモデルとし、2007年から継続的に実施しているものです。8回目となる今回は、クラシック音楽録音の中でも高度な総合力が求められる「吹奏楽のセッション録音」をテーマに実施。学内外から録音エンジニアや吹奏楽関係者なども参加しました。

トーンマイスターとは

 「トーンマイスター」とは、録音技術と音楽的教養を兼ね備えた音のスペシャリストを指します。単なる“録音技術者”ではなく、音楽を理解し作品の芸術性を引き出すパートナーとして、演奏家と対等に音づくりを行う存在です。ドイツのベルリン芸術大学やデトモルト音楽大学をはじめ、ヨーロッパ各国の音楽大学で養成され、現在も放送・音楽制作など多様な分野で活躍しています。

1日目 ― 録音の哲学と準備

 初日は、フローリアン氏による特別講義「芸術的な音楽録音とは?」からスタートしました。  「録音は音を“残す”行為ではなく、音楽を“伝える”ための創造行為です」と語るフローリアン氏。録音で最も重要なのは技術ではなく“音楽の意図”を理解することだと強調し、「マイクの位置や機材の選択も、すべてその目的のためにある」と述べました。
 講義後は、3号館ホールでマイクセッティング実習を実施。学生たちは32チャンネルにおよぶマイクを設置し、回線チェックやゲイン調整を行いました。メインマイクの高さや角度、スポットマイクの狙い、スタンドの安定性まで、一つひとつを丁寧に確認。フローリアン氏は、精密なセッティングの重要性を学生に説きました。

2日目 ― セッション録音

 2日目はいよいよ本格的なセッション録音が開始されました。録音曲は、八木澤教司作曲の「我がゆく道を我は行くなり」と「散歩、日傘をさす女性 ― クロード・モネに寄せて」。指揮は遠藤宏幸准教授と、作曲者である八木澤教司客員教授がそれぞれ担当しました。
 開始にあたり、長江和哉教授が「これはNUA Recordsからの正式リリースを目指す録音プロジェクトです。ライブとは違い、何度も演奏を重ねて“最も音楽的なテイク”を探るのがセッション録音の醍醐味です」と説明しました。
 フローリアン氏は、「録音者はアーティストの一員です」と学生たちに語り、「指揮者と演奏者の関係を尊重しながら、音楽的対話の中に録音を位置づけてください」と呼びかけました。録音レベルについては「ヘッドルーム(音割れしない余裕)を広く取り、過大入力を避けること」、また「リバーブがテンポに影響する場合は指揮者と共有しながら進めること」と具体的に指導しました。
 録音では、まず全曲を通して演奏した後、全員でコントロールルームに戻り再生音を確認。演奏と録音の聴こえ方の違いを検証しながら、マイク位置や演奏バランスを調整しました。
 演奏は本学学生が担当。クラリネット4年・日比奏妙さん(コンサートミストレス/音楽総合コース)は「吹いているときの音と、録音で聴く音の印象がまったく違う。録音を意識すると表現の幅が広がる」と話しました。録音を担当した3年・柿木美祐さん(オーボエ)は「演奏者の気持ちを知らずして良い録音はできないと思い、演奏も学んでいます」と語りました。
 録音エンジニアとして参加した3年・平野祥吾さんと深井龍心さんは、「フローリアン先生の判断の速さに驚いた」「どのテイクを使うかを瞬時に決めていくプロの現場を体感した」と振り返りました。
 また、遠藤准教授は「指揮台で聴く音と録音モニターで聴く音には違いがあるが、音楽の密度や方向感は一致していた。マイキングの精度が高く、録音の再現性も見事だった」と評価。八木澤客員教授も「学生たちが何度もテイクを重ねる中で音楽的に成長していく姿を感じた。全体が美しく調和していた」と語りました。
 フローリアン氏は「午前中は探りながらの進行だったが、午後には録音チームと演奏者の連携が見事に取れた。録音は粘り強く、繰り返しを通して完成度を高めるもの」と総括しました。

3日目 ― 編集・ミックス・ドルビーアトモス

 最終日の午前は竹内雅一教授の指揮で「Arioso Cantabile / Jan van der Roost」を録音。午後は「我がゆく道を我は行くなり」の編集・ミックス作業を行いました。
 フローリアン氏は録音時に、各テイクの使用箇所を譜面に詳細に書き込み、それをもとに学生と共に編集を進行。波形を確認しながらイン点・アウト点を設定し、自然につながるようクロスフェードを施します。冒頭部分だけでも10か所以上の編集を行い、学生たちはクラシック録音の緻密さを実感しました。
 氏は「編集は音をつなぐ作業ではなく、音楽を再構築する創作行為でもある」と語りました。
 続いて、完成した音源を用いてドルビーアトモス(3Dオーディオ)版の試聴を実施。学生たちはステレオ版との聴き比べを通して、音の広がり方や距離感、ホールの空気感の違いを体感しました。
 フローリアン氏は「アトモスは別世界を作る技術ではなく、まずステレオ版を完璧に構築し、その延長線上で空間を拡張するものです。音楽の芯を失ってはなりません」と述べ、ステレオ構築の重要性を改めて説きました。
 さらに「リバーブは音を包み込むためではなく、ホールの空気を再現するもの。楽器ごとに残響を調整することで立体感が生まれる」とも説明しました。
 質疑応答では、学生から「アトモス制作で最も大切なことは?」という質問に対し、「ステレオを完璧に作ること」と明快に回答。また「ライブ録音とスタジオ録音の違い」について問われると、「実際のコンサート録音でも、リハーサルと本番のテイクを組み合わせて作ることが多い。ライブ感と完成度のバランスを取るのがトーンマイスターの仕事」と述べました。
 さらに「作品づくりのモチベーションは?」という問いに、「どうやったら良い音楽が得られるか、録音できるかです。いい音楽を聴きたいんですよ」と音楽への情熱を語りました。
 最後にフローリアン氏は「録音はチームワーク。完璧を一人で求めるのではなく、全員で音楽を作ることが大切」と締めくくり、長江教授は「音を空間で感じる体験を通して、学生が録音を“芸術”として捉えるきっかけになったのでは」と総括しました。