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ドキュメンタリー映画監督 ジャン・ユンカーマン氏による特別講義が行われました

西村正幸美術学部長の挨拶と会場の様子 西村正幸美術学部長の挨拶と会場の様子
講義をするジャン・ユンカーマン氏 講義をするジャン・ユンカーマン氏
原爆の図を描く丸木夫妻。手前:俊氏、奥:位里氏 原爆の図を描く丸木夫妻。手前:俊氏、奥:位里氏

2015年9月24日(木)、本学西キャンパスB棟大講義室において、ドキュメンタリー映画監督のジャン・ユンカーマン氏による特別講義が行われました。この特別講義は、学芸員資格取得希望の4年生のために開講されたもので、アートクリエイターコース1・2・3年生など多くの学生が参加して行われました。

司会進行は美術学部教授高橋綾子で、まず、美術学部長の西村正幸より、本日の特別講義が開講されることになった背景と経緯について、2015年度アート&デザインセンター企画展「佐喜眞美術館のスタンス~丸木位里・俊、ゲーテ・コルヴィッツを中心に~展」(10月16日-28日)の企画の意図や開催理由の説明を通じて、展覧会に関連するものとしてのお話がありました。

続いて、司会者よりジャン・ユンカーマン氏が紹介されました。

講義でジャン・ユンカーマン氏は、まず、佐喜眞美術館の展覧会の話を伺ってすばらしい企画だと思い、本日の講義を引き受けたそうで、自身と佐喜眞美術館や佐喜眞道夫氏との係わりについて話されました。平和を訴える美術館は世界に一つしか無くそれが佐喜眞美術館で、しかも、その美術館が、戦争を象徴する沖縄の米軍普天間基地のすぐそばにあることがすごいとのお話でした。

続いて、1985年に取材し、翌年公開されたドキュメンタリー映画「劫火‐ヒロシマからの旅‐」について、丸木夫妻を取材し、原爆の被害にあった人間の姿に迫ろうとしたもので、実際の現場にいた人たち姿をほとんど見ることが出来ない現実に危機感を感じて制作したとのことでした。

この後、20分程度、「劫火‐ヒロシマからの旅‐」が上映されました。映像には、丸木夫妻が原爆の図を一心不乱に描く姿が映し出されていました。

放映後、再び講義が行われました。

この映画は、被爆者の姿を可視化した点が特徴で、終戦後10年間位は米軍の統制などもあり原爆の図を公開することが難しかったそうです。また、1970年に米国で初めて原爆の図を公開したが受け入れられなかったとのこと。南京大虐殺を中国人が見せるのと同じで、日本人も被害者だけではなく加害者でもあること、ドイツのアウツヴィッシュも同様とのことでした。

この後、最新作で沖縄の人々の尊厳を描いた「沖縄 うりずんの雨」について紹介されました。凄惨を極めた沖縄地上戦の実態。米軍による差別的な沖縄占領政策と米軍基地建設、その占領下での沖縄の人々の平和を求める反基地闘争。読谷村での集団自決の証言と沖縄の女性たちへの性暴力の実態。辺野古への新たな米軍基地建設をめぐる問題などが収録されています。タイトルの「うりずん」は、冬が終わって大地が潤い、草木が芽吹く3月頃から沖縄が梅雨に入る5月くらいまでの時期を指す言葉です。沖縄地上戦がうりずんの季節と重なり、この時期になると当時の記憶が蘇ることから名付けられました。

最後に、会場の参加者から質問を受け、本日の講義を終了しました。

原爆の被害にあった人々を描いた図 原爆の被害にあった人々を描いた図

 

 

<ジャン・ユンカーマン氏略歴>

「1952年、米国ミルウォーキー生まれ。1969年、慶應義塾志木高等学校に留学。スタンフォード大学東洋文学語課卒業。
1982年から日産自動車における「日本的」労使関係を取材し、そのドキュメンタリーを米のテレビ局で放送したことがきっかけで、映画の世界の道を拓く。
画家の丸木位里・俊夫妻を取材した『劫火-ヒロシマからの旅-』(1986年)は米国アカデミー賞記録映画部門ノミネート。9.11のテロ後に言語学者ノーム・チョムスキーにインタビューした『チョムスキー9.11』(2002年)は世界十数カ国語に翻訳され、各国で劇場公開された。世界の知識人12人へのインタビューをもとに日本国憲法を検証する『映画 日本国憲法』(2005年)は戦後60年の節目に日本国憲法の意義を改めて問いかけた。

戦後70年を記念する今年、沖縄の人々の尊厳を描いたドキュメンタリー「沖縄うりずんの雨」が全国で絶賛上映中であり、現在も日米両国を拠点に活動を続けている」