名古屋芸術大学

芸術的な専門性と教養、
社会が必要とするクリエイターを育成

改革準備室、
担当教授 2人に聞く

副学長
デザイン学部教授
津田佳紀

改革準備室長
学長補佐
デザイン学部教授
萩原 周

改革準備室、
担当教授 2人に聞く

副学長
デザイン学部教授
津田佳紀

改革準備室長
学長補佐
デザイン学部教授
萩原 周

芸術大学としての専門性 × 学士課程教育充実 2つの目標

-この改編の背景について教えて下さい。

津田:この改革の発端から申し上げますと、起点は、学長が「芸術大学であることをしっかり担保しながら、学士課程教育の充実に努めよ」と方針を出したことです。学士課程教育の充実については文部科学省の「学士課程教育の構築に向けて」という答申にも書かれておりますが、これを改革のベースに置き、芸術大学という枠組みが活用できる改革案を作ることになりました。その結果、次の2つのプランを推進していくことが重要だと考えました。

 第一には音楽、美術、デザイン、人間発達の全ての領域の特性を活かし、学生が幅広い知見を得られるよう、「全学総合共通科目」を改編することです。過去においてもカリキュラム改革の中で全学共通科目を設置し、少しづつ領域間の融合を進め、互いの長所を一層伸ばしてきましたが、それを学士課程教育充実という側面と、領域間の融合という視点から捉え直し、より押し進めようと考えました。文部科学省の「学士課程教育の構築に向けて」の中では、学士力に関する主な内容として「総合的な学習経験」であるとか、「創造的思考力」といった能力の開発があげられており、このあたりは芸術大学の環境、カリキュラム、授業運営のスタイルと非常に親和性が高いのです。また現在の3学部を1学部に再編するとはいえ、それらの専門性の追究を落とすわけにはいきません。そうではなく、専門性をより高め、新しいアート・デザイン・音楽の世界を開拓できる学生を育成するため、芸術大学の強みを生かしながら、全学総合共通科目の中で、新たな学びの場を造ることとしました。例えば「アート・プロジェクト」などの領域融合的でプロジェクト型の授業を新規に追加しました。学生は、他の芸術的感性と技芸を持つ教員や学生と刺激し合うことにより、広い視野を獲得するだろう、ということがこの新規科目のねらいです。

 第二には「芸術教養領域」を創設しました。今回発足する新芸術学部の中に「美術領域」、「デザイン領域」、「音楽領域」の各領域に加えて、新たに「芸術教養領域」が創設されることになります。1学年が25名程度の定員を考えておりまして、規模は小さいのですが、この領域から輩出される卒業生が、大学と大学を取り巻く社会との関係を変えていくのではないか、またそのような起爆剤になってくれるのではないかと考えております。

社会の要請に柔軟に迅速に対応できる枠組み

-学部を一つにまとめることにどんな意味があるのでしょうか?

萩原:芸術的な構想力とそれを実現する力、想像力、観察力は、実はもっと広く社会のいろいろな場面で必要とされており、そのことの重要性がますます高まっています。こうしたことをその専門教育機関である本学もはっきりと自覚して、芸術大学がもっと責任を持って、それぞれの専門技芸の持つ力を社会で力強く発揮していける卒業生を一人でも多く育てるということが私たちのこれまでの願いであり、これからも変わりません。つまり、今後も本学は、専門の技芸を追求し、その道のプロフェッショナルを養成するという使命を変わらず追究します。ただし、今回の改革で新たに構想していることは、さらなる語学力の強化をし、情報発信力や異文化理解のための科目の充実によって、自身の専門的能力を社会で生かすための土台となる、社会人としての素養を担保するカリキュラムを設けることです。これにより自身を的確にプレゼンテーションし、そこでその能力の価値が認められ、異なる専門性や文化的背景を持つ人々とも協働して活躍できる力を持った人材をより多く育成できると確信しています。そのことが実現、継続されれば、従来の単科大学的に専門を並べる芸術大学のかたちを超えた、新しい価値を生み出す総合芸術教育研究機関として、他の多くの芸術大学に先駆けてその立ち位置を確立させることができるでしょう。

 本改編では、従来からの芸術系教育機関の卒業生としての生き方の選択肢をさらに広げ、社会の中で芸術的技能や知識を還元できる場をさらに増やすことを目指します。芸術的専門技能を持った人材が加わることで、そこに新たな価値を生み出す可能性を持った場はまだまだこの社会にたくさんあります。そういう新しい芸術大学の姿を目指します。そこでこれを達成するにはどうすれば良いかと考えると、従来、1つの大学で複数の専門分野の教育を行いながらも、それがしばしば他分野と没交渉的、縦割的になりがちであった教育慣習の構造に問題があります。その構造自体を変えていかなければ、そうした新たな学際的活性は望めません。そこで既存の学部を1つにまとめた大改編という選択肢があがってくるわけです。これまで通りの専門性を3学科に再配置するという選択肢もあるという意見も一方ではあります。しかしながら、学科で専門性を分かつことは、従来学部で切り分けていた時との制度的、機能的条件に大きな変化は期待できません。1学科の下に、従来の音楽、美術、デザインを置き、芸術教養領域を加え、それらを並列配置することで、専門領域間のカリキュラムを相互に影響させることができます。芸術教養領域は、後で津田先生が詳しく説明しますが、総合大学に設置された、芸術的な素養や作法を取り込むことで成果を上げてきた非実技系教育に近いもので、芸術教養教育の拠点ともいうべきものです。これは実技系の3領域と並置することで互いに相乗効果をもたらすと考えています。これら4領域が影響を与え合うことで、新たな基盤もでき、学際的な活性化も、柔軟な思考や試行錯誤で新しいアートの地平を開拓することも期待できるでしょう。

 この改編手法のいま一つのメリットは、時代の変化や、社会のニーズの変化に応じて、柔軟にしかも迅速に対応できる枠組みを本学が手にできることです。これで教育機関として柔軟かつ素早く動けるようになります。既に経済の停滞や人口減少、グローバル化といった激しい社会の変化が進展しており、大学を取り巻く状況は、全体的に厳しくなっています。どの大学であっても従来からの教育資産・慣習の維持だけで生き残りることは難しいのです。社会がこの先もどう進んでいくのかはなかなか予想できませんが、仮にもっと厳しい状況におかれた場合でも、大学がその条件に応じて的確に舵を切っていけるようなツールを持つ、それが1学科にするいま一つの切実な理由です。この1学部1学科化は、本学の既存の専門教育資産を学際的に活性化することで、高い人材輩出力への期待と、組織体としての柔軟性、合理性、機動性を持ったものに生まれ変わるという2つの目的があります。この改編により、本学が社会からその存続の意味をはっきりと認められるような大学としての新たなスタートが切れると考えています。

社会が求める新しい学びの場を新たに加える

-芸術教養領域とはどんな領域になるのでしょうか?

津田:領域名として「芸術教養」としましたが、その中に設置するコースは「リベラルアーツコース」という名称です。つまり1領域に1コースというミニマムな構成です。現代における国内外の大学教育の在り方が、どのように変化してきたのかを調べてみますと、新しいタイプのリベラルアーツ領域と呼ぶべきコースや学部、学科を作っている大学が非常に多いことがわかりました。芸術大学の中に「リベラルアーツコース」を置く例はまだあまりありませんが、昨今の一般大学では、そういうものが非常にたくさん生まれています。それは、戦後日本の各大学に作られた教養学部的なリベラルアーツとは異なり、学際系リベラルアーツ(もしくは領域横断型リベラルアーツ)と呼ばれており、昔のものとは区別されています。学際とはインターディシプリンとも言います。多様な分野の専門知識や経験が必要な課題を研究する際、さまざまな領域の学者や技術者が協力し合うことを意味しています。研究の場でのインターディシプリンというのは1970年代から盛んに行われていますが、日本の教育の場では十分に取り入れられることはありませんでした。不思議なことに日本では、クールジャパンなどと言って海外から賞賛されているようなコンピューターや産業のイノベーションには非常に関心が高いのですが、教育のイノベーションというものについては、そこまで目覚ましくは進んでおりません。一方、現在、学際系リベラルアーツコースが各大学に増えてきている理由を考えれば、社会からの要請があるからこそでしょう。だからこそ、そのような学部やコースに多くの学生が来ているわけです。一般的に言うと社会からの要請すなわち産業界からの要請と捉えがちですが、それだけではありません。例えば、コミュニティー内の高齢化の問題であったり、格差の問題であったり、環境の問題であったりと、社会の中の様々な問題の解決が求められています。こうした問題を解決する人は、従来の大学教育では輩出されにくいため、社会は新しいタイプの学際系リベラルアーツのような領域の学びを求めていると言えるわけです。このことを踏まえた上で、芸術大学であり、且つ人間発達学部を擁している本学のユニークな基盤に加える形で、「芸術教養」という学際的リベラルアーツの学びの場を設立することが重要で、これが今回の改革の基本的な趣旨となります。あくまでも芸術大学としての専門的な部分は変えず、その機能は担保された上に、芸術教養領域を新設する、という趣旨をご理解いただきたいのです。

領域を越えたコラボレーションも可能に

津田:芸術大学ということを背景にしながら学際的な学びの場を作る、これが重要だと考えています。高大連携の新たな改革により、現在の中学校1年生から初等教育、中等教育も新しく変わってきています。変わりつつある教育環境の中で、新しい能力を持った人を教育していく時代に大学もなったのです。芸術大学の中に学際的な学びの場を作るという意味でも、新たな始まりになるかと思います。また、この場を作ることにより、音楽、美術、デザイン、人間発達に対して与える良い影響もあるでしょう。先に述べた「全学総合共通科目」のことだけではなく、様々な分野を志す学生が芸術大学という通常の大学では得難い環境の中で、日々共に勉強し、同じ場を共有することで影響を与え合うことは、現在本学で行われている幾つかのイベントや課外活動を鑑みると、十分に考えられます。もちろん授業内外で、学生、教員の直接的なコラボレーションもいま以上に発生してくるでしょう。このように、学部内の領域を超えた、あるいは学部を越えたコラボレーションも含めて、従来の境界を越えて学び合うことを可能にする核としても芸術教養領域を作りたいのです。現在のところ、他の芸術大学も、そのような取り組みは開始していません。名古屋芸術大学が長期にわたり培ってきた多様な原資をもとに、本学が先んじて社会が必要とするクリエイターやジェネラリストを養成する場を作っていくことが大切でしょう。

広く現代社会で活躍するジェネラリストを育成

-芸術教養領域では具体的にどんなことが学べるのでしょう?

津田:本学の芸術や文化にかかわる教育環境を背景に、今日必要とされる5つのリテラシーを学びます。まずは、ボーダーレス化する社会の中でのコミュニケーション力を向上させるために英語リテラシーと日本語リテラシーを学びます。外国語の修得は異文化社会と接触する為の必須項目であり、また正確な日本語の修得はものごとを論理的に考え、伝える方法として役立ちます。更に、Webをはじめとする電子的なネットワーク社会で活動する為に、情報リテラシーを学びます。情報を集め、それらを精査しながら選別する情報収集能力と、自ら情報を発信する能力を磨いていきます。また芸術大学の教育資源をフルに活用して、ビジュアル・リテラシーとサウンド・リテラシーも学びます。過去においては映像や音声を利用したコミュニケーションはプロフェッショナルによるものが主流でしたが、現在では機器の発達を背景に一般の人々が映像やサウンドを言語等と同じレベルで扱うようになりました。現代では映像と音を駆使するコミュニケーションが一般的な能力として社会で必要とされています。高学年では、これらのリテラシーを基盤とし、社会の中で実際のプロジェクトをおこなったり、インターンシップや海外の異文化等を体験したりして、柔軟に社会と関わることを学びます。また卒業研究においては、少人数の演習授業の中で学生各自が自らの研究テーマを見つけて、それについて掘り下げます。ここでは視覚文化をはじめとする社会と文化に関する多様なテーマが想定されています。これらのカリキュラムをとおして、広く現代社会において活躍できるジェネラリストの養成をめざします。

新しいカリキュラムで自己実現の可能性を広げる

萩原:芸術の素養を持って卒業していく人たちは、その専門技芸の習得の内に培われた、一般の総合大学を出た人とは違ったものの見方や観察力を持っています。そして、そうした能力を社会の中で存分に発揮し、その価値が認められ、活躍している人が既にたくさんいます。また例えば企業に入らなくても、地域のコミュニティーの中で、あるいはまた子どもの教育に関連する組織で、発想力と実行力豊かなリーダーとして頼りにされたりする話もよく耳にします。芸術系専門職とは異なる職を得ても、その傍らで音楽や美術を生活に取り込んで豊かな日常を生きる人も多数おります。こうした、一般の大学で獲得するものとは異なるタイプの能力は社会からも必要とされていますし、また自らの生を豊かに生きる能力も重要なのです。こうした能力を得られるような教育課程を大学としてきちんと提供し続けることが大切です。また、例えばデザイナーという職を得た人たちには、芸術的な総合知を持って、これまでよりもっと高いレベルで活躍できるようになって欲しい。他の専門領域でも、さまざまな領域の技能と素養をベースに、高いコミュニケーション能力を持って自己の立場を堅牢で持続性が約束されるようになっていって欲しいと考えています。芸術大学に入ってくる学生は、自分の道はこれだと決め、堅い覚悟の上で入ってくる場合もありますが、そうではなくデザインが専門でも音楽にも関心が高くそれを実践している人たちもいますし、いま一つの学部である人間発達学部で教育者を目指す中でも、デザインへの関心が高く、機会があればその門も潜りたい人もいるでしょう。音楽でも、表現方法の異なる美術に興味のある人がたくさんいます。そういった人たちの潜在的な関心と言いますか、良い意味での自分に対しての往生際の悪さ(笑)、みたいなこともこのカリキュラムの特徴を活かして、その中で自己実現していけるようになっていけば良いのではと考えています。こうした本学の新たな特色を持った教育環境の存在を広く社会に発信することで、従来型の非常に強い覚悟を持って芸術大学に入ってくる生粋の芸大志向の人たちにプラスして、私たちの教育に新たに興味を持って出願の判断をしてくれる、新しいタイプの人たちが増えるに違いないと確信しています。

(敬称省略)

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