伊藤友美
パウダーフーズフォレスト株式会社
制作部 デザイナー
お話を伺った伊藤さんは、学生時代、ページ下のシヤチハタ株式会社の「手洗い練習スタンプ おててポン」のアイデアを提案した方。卒業後、印刷・Web制作会社へ就職した後、転職して現在はメーカーのインハウスデザイナーとしてお勤め。定時後の会社へお邪魔し「おててポン」のアイデアについてや、現在のお仕事、デザイナーとして企業に勤めることのリアルをお伺いした。
「シヤチハタさんとのコラボに私が参加したのは3年目で、それまでの先輩が出した作品を見ることができたんです。それで、もうアイデアは出尽くしてるなと思いました。とりあえずいろいろな方向性を考えてみて、メモに書き出してみたりしていました。たしか、このアイデアがものになるかなと感じたのは、お風呂の中。よく、買うものとか明日忘れちゃいけないものを手にメモしたりするじゃないですか。それがお風呂で洗うと消える。消えることを確認し、なんとかなるかなぁと思った記憶があります」 ぱっと浮かんだアイデア、そのときはそれほどいいアイデアとは思っていなかった。むしろ、突飛すぎて駄目じゃないかと考えたという。「アイデアとしてちょっと変かなと思い、先生にいうにも恥ずかしいというか、めちゃくちゃのような気がして、たくさん前置きしながら説明しました(笑)。話してみると、すごくいいよといわれてほっとしました。一緒に何案か安パイの代案も考えていたと思います」。
伊藤さんは、デザイナーとして就職するが、学生時代から企画や開発のセンスを持ち合わせていたようで、入社して数年もするとデザインの仕事に加え、Web系の仕事をする部署へと異動となった。「入社して2年間は、グラフィックデザイナーとして紙媒体のデザインをやっていました。後々、アートディレクターになりたいと考えていて、仕事をしながら勉強したりしていました。会社でそんな希望を出していたところ、デジタルソリューションというWeb制作の部署へ異動となりました」 Web制作の部署へ移り、サイトの制作や広告運用の提案を行うなどの仕事をすることになった。現職へ転職するまでの間、数々の案件をこなした。中には、東海地区の方なら誰もが知るような大きなクライアントの仕事も多数含まれる。「学生時代から、私は企画とかコンセプトがしっかりしていないとなかなかデザインができないタイプで、適性はもしかするとこっちにあるのかもしれないと思いますね。企画書を書いて提案する仕事がかなり増えました。ただし好き嫌いでいえば、企画書を書くよりもデザインの仕事が好きで、仕事に追われる中、やっぱりデザインの仕事をやりたいなと考えるようになりました」。
多忙さも考えを後押しした。お客さんと直接やりとりし要望を引きだし、それを制作側へ依頼して作り上げていく。デザイナーであったため、ときには自分でも手を動かし制作に加わる。お客さんを持つ以上、やはり優先するのはお客さんであり、時間的な拘束も増えた。企画を練り、折衝し、自ら制作も行う。心身ともに悲鳴を上げ始めるのも当然だった。「ちょっと頑張りすぎましたね。仕事はとても面白かったんですが、もうちょっとデザインの仕事がしたいなと思いました。デザイナーとしても成長できるところへ行きたいとも考えました」。
転職するに当たり、Web系の制作会社のディレクターとしてやっていくか、業界問わず広報室に入るか、メーカーに入りデザインをやっていくか、この3つを考えた。そして、自分の好きな感じのデザインを出しているところがいいと考え、現在の会社へ転職する。「工業系のところより、かわいい感じのデザインを出しているほうがいいなと思い、軽い気持ちで受けてみました。今の上司が面接してくれたのですが、とても相性がいいなと感じ、とんとん拍子で話が進みました。今は一緒に仕事をしていますが、デザインの考え方も、アウトプットも尊敬でき、とても勉強になります。会社を変わってまだ4ヶ月なので、まだお見せできるようなものはないのですが、広告写真やWebページなど、試行錯誤しながら作っています」。
「そんなことはないと思うんですが、社会人になるとお金をもらっているわけで、なんとなく誰も教えてくれないんだという感覚がありました。もちろん上司や先輩が丁寧に教えてくれるんですが、デザインのスキルは教えられるだけでは伸びないので、自分でやって覚えていくしかありません。だけど、それがなぜかわからなかった。勤めだした頃は、最初から完璧なものを作りたいと無理をしていましたね。時間はかかりすぎるし、スキルも足りない。自分にできる範囲の仕事ならすぐできるんですけど、ちょっとそれを越えると、もうぐちゃぐちゃでした。少しずつ成長していくしかないんですね」 以前の自分の働き方を述懐した。ものごとに近道はなく、遠回りに思えても一つ一つ積み上げていくしかないというのは実感だろう。現在は、一歩一歩デザイナーとしてのキャリアを積み上げていっていることを感じさせる。新しい環境ではつらつと働いている様子が頼もしく見えた。
シヤチハタ株式会社と本学の産学連携ワークショップで伊藤友美さんが提案したアイデアから「手洗い練習スタンプ おててポン」という商品が生まれたのは2016年11月のこと。それが、今年に入り、新型コロナウイルスに影響で、前年同月比で出荷数が10倍にもなっているそうです。商品開発のこと、本学とのコラボのこと、いろいろと伺ってきました。
プレゼンの資料ですね。ちゃんと残してあるんですね。
松田主任(以下敬称略):私は、その場にいて発表を拝見していました。当時、私はまだ入社3年目で、審査するのではなく、資料をまとめる役割で参加していました。企画の新規性といいますか、聞いていてなるほどと思いとても印象に残っています。
ワークショップでは、もともと販売していた30mmと25mmの四角いスタンプを使い、その印面デザインを考えるという課題でした。製品化するに当たっては、アイデアを生かせるように考え直し、洗面所などでも置きやすい小さなサイズに変えています。
向井室長(以下敬称略):当社では、スタンプの使い方として「FAX済」や「領収済」といった事務効率を向上させる商品を中心に作ってきました。事務用品以外の使い方を模索するような動きも社内にありまして、肌に押すようなアイデア、サッカーの応援で顔にペイントしたりしますよね、そんなものもあったかと思います。ただ、伊藤さんのアイデアのような用途提案、いつどんなふうに使うかはっきりと用途まで考えたアイデアはとても新鮮でした。
製品化するまで4年近くかかっています。どんなことがあったんですか?
向井:商品として見た場合はまだ完成ではありません。商品化するためにはアイデア以外もたくさん必要です。また社内には他にもたくさんの商品化のアイデアがあります。4年というのは、じつは特別長いというわけでもないんですよ。
松田:せっかくのいいアイデアなので、それを生かせるようにと手直しさせていただきました。一番の機能は、しっかりと手洗いをさせることです。私にも子どもがいますが、妻に聞いてみたところ、しっかりと手洗いさせることが難しいといいます。手洗いの習慣を身につけさせたいというのであれば、すぐ洗い流せるようなスタンプでいいのですが、しっかり洗うとなるとすぐ消えるようなものでは駄目です。研究開発部門に相談し、石鹸で洗っても30秒は消えないインキを開発してもらいました。もちろん、口に入れても問題ない安全性も確保しています。
向井:どの会社の石鹸で洗っても30秒かかるということも検証してるんですよ。
松田:たくさん試しましたね。インキとの相性もあるかと思いますが、極端にすぐ消えてしまわないように注意はしました。市販されている石鹸は、ほとんど試してみたのではないかと思います。
印面のデザインも変わっています。デザインはいかがだったでしょうか?
向井:伊藤さんのデザインは直球でパワーがありますよね。見た瞬間、何をしたいかがすぐわかります。提案とデザインの意味合いがすっきり理解できます。このまま商品化して、現行品とどっちがよかっただろうと思いますよ。
松田:悪魔っぽいデザインでしたが、怖がる方もいるので、悪者の表現を弱めてばい菌やウイルスに変更しています。それから「手」を入れて、手洗いを印象づけています。お母さんたちとコミュニケーションを取る商品や子ども向けの商品もこれをきっかけに考えるようになったかなあと思います。とても勉強になりました。