2022年8月「陰翳の住処を探して」

2022年8月「陰翳の住処を探して」

2022年3月「演劇/第七劇場 oboro」

2022年3月「家族のための音楽劇/ストラヴィンスキー 兵士の物語」

2021年8月「Peeping Garden | re:creation」(月灯りの移動劇場)

舞台芸術領域のこれまで

 2021年4月の開設以来、舞台芸術領域開設記念事業として、2021年8月「Peeping Garden | re:creation」(月灯りの移動劇場)、2022年3月「家族のための音楽劇/ストラヴィンスキー 兵士の物語」、「演劇/第七劇場 oboro」、記念シンポジウム「これからの舞台芸術」と演劇、ダンス、音楽とさまざまなジャンルを横断する公演を舞台芸術領域では提供してきました。そして2022年8月には、第1期生の学生がプロデュース、音響、照明、舞台美術を担当したダンスと音楽による公演「陰翳の住処を探して」を上演。1年間の学びの成果を早くも形として発表しました。
 コロナ禍という想像すらできなかった好ましからざる状況での船出でしたが、逆境の中でも人間が身体を使って表現する「舞台」という場の意味を問いかけるような活動が続いています。舞台芸術領域のこれまでを振り返ります。

舞台芸術領域 主任 梶田美香 教授

舞台芸術領域 主任
梶田美香教授

よく話し、よく考える

 舞台芸術領域の学生は音楽領域とも雰囲気が違うし、もちろん教育学部とも違います。東キャンパスではちょっと異色の存在という気がします。第1期生として1年を経てどんな印象ですか?

 考えることが好きで、わりと硬い話題でもしっかりと議論できる学生が多いと感じています。私は舞台プロデュースコースで文化政策の授業を担当していますが、法律や政策などの硬い内容は辛いだろうなと心配になる時があります。でも、ある時、授業内で「文化と芸術の違い」についてクラス全体でディスカッションをしたところ、90分では足りないくらい白熱した授業になりました。学生にファシリテーター希望者を募るとすぐに手が挙がり、積極的に務めてくれました。その後、「もっとディスカッションをやりたい」と要望が出たため授業の枠を調整し、「公平と平等の違い」について90分のディスカッションをしたのですが、この時、どんなテーマがいいかを事前に募ったところ、「公平と平等の違い」のほかには「安楽死」が挙がったりしていました。このことからもわかるように、シリアスな社会問題にも関心を持ち、自分なりの価値観をもっている、考えることの好きな学生が多いように思います。
 それからもう一つの特徴としては、創ることが好きということがあります。互いに協力して創っていくことが好きな学生が多いような気がしています。「陰翳の住処を探して」のときにはこの特徴が功を奏し、授業外で学生に意見を求めても、きちんと答えてくれて心強く感じました。協力して舞台を創るという目的に向かう時には、物怖じしないで意見を出す学生が多いかなと思います。

安心してチャレンジして

「陰翳の住処を探して」は、入場無料だったんですね。

 舞台プロデュースコースの専門である広報力や券売力ということに対しては学びが不十分ですから、まだ有料公演は難しいと思っています。初めの一歩の時期には、まずはそういったプレッシャーを外して公演を創ることが重要です。経験を重ねていくうちに、公演の対価をいただこう、そのために広報活動をしようなどの発想が出てきます。広報活動は公演内容が確定する前から始めなければいけないので、企画者として公演のコンセプトをしっかり決めておくことや、制作者としてチラシを製作するデザイナーに公演コンセプトを正確に伝えることなど、いろいろと経験することになると思います。そういった過程で、まだ形のない概念としての公演コンセプトを言語化することや、言語化したものをビジュアル化することを経験し、その結果として人の行動に繋げていく道筋を知ることになります。観ていただく方に時間とお金を使っていただくことがどれくらい貴重なことかを、いずれは体験してもらいたいと思います。そして、予算計画を立て、券売の成果を実際の収支として考えるためには、「なぜ、この公演をするのか」という公演コンセプトを再考することも出てくるでしょう。そうした思考の循環やバランスを舞台プロデュースコースの学生は理解していかなければなりません。舞台空間というフレーム、お客さまの興味関心というフレーム、予算という金銭的なフレームなど、いろいろなフレームの中で創る舞台芸術は、溢れ出る創造的な発想をフレーム内に収めていく必要があり、難易度の高い創意工夫が求められます。しかし、その創意工夫にこそ見出すことのできる喜びを、学生たちにはぜひ感じてもらいたいと思っています。4年間でどこまで力をつけられるか、期待しています。

フレームの中で創意工夫するのが舞台

 コロナ禍で舞台関係者は苦労していると思いますが、舞台の意義や今後についてはどのように思われますか?

 舞台関係者は劇場公演のための舞台芸術作品を創るということが中心軸ですが、それは社会的にはどういう意味を持つことなのかと、特にコロナ禍以後には考えるようになりました。そもそも舞台芸術公演が行われる劇場は、欧州などでは社会の中で人々が立ち止まってものを考える場所という通念があるように思いますが、日本はまだ劇場に対してそういった感覚は持たれていません。これまでは良いものを創って観ていただくことを最大の価値と考えてきた部分がありましたが、劇場が立ち止まって考える場となり、そのきっかけとなる舞台芸術公演であって欲しいと考えるようになりました。
 また、今後、大きな話題になっていくと研究者として感じている分野は、芸術と労働の関係性です。私も演奏者の時代はそうでしたが、芸術に携わる人は芸術活動を労働として認識することがあまりないため、大げさに言えば24時間働けてしまいます。また、困難な状況でも意欲と努力で乗り越えようとします。しかし、文化芸術の発展と継続のためには、芸術に携わる専門家の“やりがい”に頼るのではなく、働き方に関する制度が整備されていくことが必要になるでしょう。若い人たちには、ぜひ、持続可能な舞台芸術の業界を構築していって欲しいと思います。