名古屋芸術大学

特集

 長い歴史を誇る、パリ・エコール・ノルマル音楽院のディプロマ(卒業証明書)を、本学の講座を受講することで取得できるカリキュラムが、今年度から始まっています。これまで、本学の卒業生たちの場合は、卒業後にさらに研鑽を積みディプロマに挑戦し取得することが多かったのですが、今後は、さらに多くの学生に門戸が開かれることになりました。今回は、この新しいカリキュラムについて、これまでパリ・エコール・ノルマル音楽院との学術交流活動に努めてきた山田敏裕学部長と、以前からパリ・エコール・ノルマル音楽院と提携し、ディプロマ取得の講座を開設していた名古屋音楽学校の山本博司学校長にお越しいただき、お話を伺いました。

パリ・エコール・ノルマル音楽院

 1919年にピアニストのアルフレッド・コルトーによって設立された音楽院で、フランス国立高等音楽院、パリ地方音楽院などとともに、フランス政府の認可を受けた、現在唯一の私立、高等教育機関。フランス国内外の著名な音楽家が講師を務め、サンソン・フランソワ、ディヌ・リパッティ、パスカル・ドヴォワイヨン、ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ他、多数の著名な音楽家を輩出しています。コンクール受賞者も、多く輩出しており、ロン・ティボー国際コンクール、ミュンヘン国際コンクール等、大きなコンクールで受賞を重ねています。

ディプロマについて

 パリ・エコール・ノルマル音楽院では、6つの段階にコースが分かれ、1、2、3級は「準備コース」とされ、基本的な共通科目を学びます。4級以上は「上級コース」となり、第4級、教育課程または演奏課程のブルヴェ(認定書)、第5級、教育課程または演奏課程のディプロマ(修了証書)取得、第6級、教育課程または演奏課程の高等ディプロマ取得となります。

2月に、パリ・エコール・ノルマル音楽院にて、名古屋芸術大学との「学術交流協定書締結」、名古屋音楽学校「事業協定書締結」の、それぞれ調印が行われました。
写真左、左から、名古屋音楽学校 山本博司学校長、フランソワ・ノエル・マーキース院長、ジャン・ルイ・マンサール副院長
写真右、左から、竹本義明学長、中沖玲子客員教授、学校法人名古屋自由学院 川村大介理事長、アンリ・ウジェール前院長、フランソワ・ノエル・マーキース院長、ジャン・ルイ・マンサール副院長、山田敏裕音楽学部長

名古屋芸術大学×名古屋音楽学校
グループで、より深い交流を

名古屋芸術大学 音楽学部長
山田敏裕 教授

桐朋学園大学卒業、ドイツ国立エッセン音楽大学を経て、国立ベルリン芸術大学卒。
故松岡晴子、松岡三恵、故大島正泰、クラウス・ヘルヴィッヒの各氏に師事。
相愛大学、同志社女子大学元非常勤講師。愛知県常滑市在住。

名古屋音楽学校
山本博司 学校長

武蔵野音楽大学音楽学部器楽科(トランペット専攻)卒業
ヤマハ株式会社で管楽器活動、学校音楽教育や社会教育活動などの普及業務に携わり、日本と欧米との管楽器教育や文化交流において多くの功績をあげる。

― まずは、今回の仕組みについて、経緯を教えてください

山田教授(以下、山田):本学の経緯から言えば、2004年に名古屋芸術大学とパリ・エコール・ノルマル音楽院が、学術交流協定を結びました。それ以来、先方の教授に来ていただいたり、こちらの学生が研修へ行ったりということが始まりました。交流協定というものは、一般的に3年とか5年ごとに更新していくものなのですが、企業契約のように期間に関しては厳密なものというのではなく、学校同士の交流協定というのは実質の交流が続いていけば延長していく、こういう性質のものです。それで、昨年の6月に前回の協定期間が満了していまして、協議し直す必要があり、今年の2月に、理事長、学長、中沖玲子客員教授、名古屋音楽学校の山本学校長、私の5人でパリに行きまして、協定延長の調印をしてきたわけです。また、本学とは別に、名古屋音楽学校が以前からパリ・エコール・ノルマル音楽院の国内唯一の提携機関としてディプロマを実施していた経緯があります。その状態の中で、昨年4月に名古屋芸術大学のグループの一つとなったのを機に名古屋芸術大学でもディプロマ取得をやっていけるのではないかということになり、交流をより濃いものにしていこうと。それでそのためのシステムを整備して、今回の交流調印の際にも、その文言を入れ調印してきました。

山本学校長(以下、山本):パリ・エコール・ノルマル音楽院の教授陣はプライベートで、日本の首都圏や京阪神の音楽大学に特別講座やコンクールの審査員として度々来日されていました。その機会に、他の音楽大学も認定機関にして欲しいと要請していたようです。今回、名古屋芸術大学と名古屋音楽学校がグループとなり、これまで名古屋音楽学校がディプロマ取得や留学生を送り出してきた実績を前面に出して、「事業協定書」を交わしました。これまでは、親書的なものでありましたが、名古屋音楽学校としても初めて協定文書を交わしました。今回はいい意味で、名古屋音楽学校と名古屋芸術大学が、協定の中身は少々違うのですが、グループとしてパリ・エコール・ノルマル音楽院に対して交流を一緒になって推進しましょうという合意ができました。

― ディプロマを取得できる科目はどうなりますか?

山田:ディプロマに関しては、ピアノコースと音楽総合コースのピアノ奏法をメインにしている学生に限定しています。メインの実技はパリ・エコール・ノルマル音楽院の教授の指導を受けなければいけないという大前提がありまして、今実現できるのはピアノだけという状況なのです。本校の客員教授の中沖先生が、パリ・エコール・ノルマル音楽院の教授でもあり、パリ・エコール・ノルマル音楽院の教授の指導を受けられるという条件を満たすのはピアノだけとなります。

― パリ・エコール・ノルマル音楽院で学ぶことにどんな違いがありますか?

山田:日本の大学教育というのは、単位数があってそれを取得したら卒業という形ですね。欧州の場合は、取得しなければならない科目というのはもちろんあるんですが、私個人としてはドイツへ留学していましたが、単位の数、それは見たことがないんですね。この科目は履修しなければならないという縛りはありますが、単位の数字を足していくつになったから卒業というものではありません。まず、その点に違いがあります。履修のことから言えば、パリ・エコール・ノルマル音楽院が求めている卒業資格を認可する科目と、名古屋芸術大学で履修する科目で、重なる部分についてはそのまま認められることになりました。しかし、名古屋芸術大学になかった科目がいくつかありまして、その整備の必要があり、昨年度、半年ほどかけて、その科目を開設するためにカリキュラムの変更を実施し今年度からスタートしました。

― 具体的にどんな科目が新しくなりましたか?

山田:初見演奏、それから室内楽。大きく言ってこの2つが、ピアノコースのカリキュラムになかったものですから、それを整備しています。パリ・エコール・ノルマル音楽院は、アンサンブル能力というものを非常に重視しています。ピアノコースの中には、重奏法というピアノ2台での科目はあったのですが、室内楽という限定したものについての科目はなかったんです。そのため今回新設しました。重視している科目なので1年だけでなく、3年計画で科目を充実させていこうと考えました。1年目は弦管打の普通の個人レッスンの伴奏者として参加します。2年、3年になって、弦管打では室内楽の授業を以前からやっていますので、そこでピアノを交えたアンサンブルの勉強を2年間やる。このことは弦管打の学生にも、メリットが出るようなカリキュラムになると考えています。

― 履修はどうなるんですか?

山田:選択科目としてディプロマを念頭に入れていない学生も履修できます。ディプロマを取得しようとする学生は必須となります。メインのレッスンなんですが、これは人数によりますが、ディプロマに登録すると、一応、1年で修了するシステムです。なので、例えば1年生でディプロマを取ろうとした場合、希望者の数によっては、待ってもらうこともあります。実技の能力だけで判断して登録できるわけではなく、学年なども考慮して調整していかないといけないと考えています。

― 全て、日本で取得できてしまうのですか?

山田:修了試験についてはパリで受けることになります。

山本:これまでの名古屋音楽学校の場合では、パリ・エコール・ノルマル音楽院のスタートが10月からなんですね。それに合わせて、春から全国の音楽大学や関連機関などにパンフレットをお配りし、受講者を募集しています。それで、申し込みしていただいたところから授業をスタートしていきます。そして、ディプロマを受ける前にオーディションを行います。ディプロマには級があって、能力からどの級が適切かをオーディションで判断します。そして5月にパリ・エコール・ノルマル音楽院の副院長が来日して、1次試験を行います。その試験に合格した学生については、6月に渡仏して本試験を受けていただきます。過去には、1次試験で適さないと判断された人もいらっしゃいました。本試験では、昨年の場合、ある級では40人くらい受験してそのうち半分くらい合格しました。合格すると、ディプロマ取得の権利を得ます。名古屋芸術大学の場合、まだ在学中の場合は必要な科目を修了し、卒業というタイミングで、ディプロマ取得の修了証を発行するとういう流れになります。

― 留学についてはいかがですか。本試験だけといわずに、留学できれば、なお良いですよね?

山田:もちろんそれは理想ですね。ただ、パリは住宅事情が非常に厳しく、学校でもあまり練習ができないんです。レッスン室が空いている時間に少し練習できる程度で、しっかりと計画を立てた練習は学校だけでは実質的にできません。そうするとアパートに練習環境が必要になりますが、金銭的にも非常に大きな負担がかかります。そういう面でいえば、国内でディプロマが取得できるということはもの凄く大きなメリットです。

山本:個人で留学した人もいますが、大変だったと思います。住居のことや生活、授業の具合もわからないまま行くわけですからね。名古屋音楽学校ならではの特色の一つに、シテ・デザールという宿泊施設があります。フランス文化省とパリ市によって、芸術家に宿泊施設を提供することを目的に設立された施設で、管理が行き届き良い環境なんですね。名古屋音楽学校では4部屋保有しておりまして、ディプロマを目指し留学したいという方には、優先的に提供しています。また、ピアノは国内でディプロマを取得できるわけですが、他の楽器についてもパリ・エコール・ノルマル音楽院の側から今後期待されていることがあります。管楽器、弦楽器、声楽など、他の科目についても、ディプロマはすぐにはできませんが、留学の窓口を広げようと考えています。ピアノの試験のときに他の楽器も、副院長に聴いてもらってそれで判断し、留学という窓口を作ろうと進めています。留学を希望する学生にとっても良い機会と考えています。

山田:練習の仕方もですが、まず環境がずいぶん違うんですね。ヨーロッパ全体にいえますが、練習もレッスンも、もっと響きの十分にある空間でやるんです。単純なことを言えば、天井高だって、一般的な日本の練習室の倍はある。音楽というのは、空間の響きというのが大事で、それが勉強していく中で養われます。日本の狭い住宅の中で練習すると、音そのものよりもどうしても技術を優先してしまうようになります。そうではなくて音楽というのは、人が聞いて気持ちいいということが大切です。そういう響きを自分自身が感じるのは、そういう環境で研鑽を積まなければなりません。それがもの凄く大きな違いですね。音が合ってればいいだけじゃなく、その音がその時点でどんな意味を持つか、そんなことを考えるようになります。環境が、自分の姿勢に大きく影響しますね。

― この制度が始まってどんなことを期待していますか?

山本:名古屋音楽学校としては、パリ・エコール・ノルマル音楽院の副院長が5月に来日してオーディションおよびディプロマの1次試験を行います。そして留学して勉強しようとする学生の中で、特に優秀な方に授業料が全額免除になる奨学金を出すことになりました。奨学金制度は、名古屋音楽学校が、パリ・エコール・ノルマル音楽院から与えられた特典なので、名古屋芸術大学の場合は今のところできないんですが、近い将来、同じテーブルにのってできるかなと、そうなって欲しいなと考えています。

山田:こういう素晴らしいものが、身近になることによって、更に視野が広がって欲しいですよね。ピアノだけでなく、与えられたものを全て吸収できていくような、そういう学生が増えて欲しいです。自分のスタイルを持つのはいいことですが、それに凝り固まってしまうのは困ります。広い世界を知って、受け入れ、その中で判断していける、客観的な目で自分を見られるような学生が増えて欲しいです。

パリ・エコール・ノルマル音楽院教授
名古屋芸術大学客員教授
名古屋音楽学校特別講師
中沖玲子

愛知県立芸術大学卒業後、パリ国立高等音楽院に入学。ピアノ科、室内楽科共にプルミエプリ(一等賞)を受け卒業。
ラヴェルの唯一の直弟子ペルルミューテル氏のもとで研鑽を積む。
また、フランスを代表する作曲家デュティーユに直接指導を受け、氏のピアノ作品集をフランスにてCD録音、好評を博す。
パリ国際コンクール2位グランプリ、エピナール国際、セニガリア国際コンクール入賞。
卒業後、パリを中心に演奏活動を行い、イギリス・ハレ交響楽団のプロムスシリーズに招かれる等、ヨーロッパ各地のオーケストラとも共演し、フランス国営放送にも出演する。
また、フランス、イタリア、ベルギー等のマスターコース指導に招かれる。
プーランク国際、ソフィア国際、サン・ノム・ラ・ブロテッシュ国際ピアノコンクールなどの審査員を務める。
現在、パリ・エコール・ノルマル音楽院教授、名古屋音楽学校特別講師、名古屋芸術大学客員教授。

シテ・デザールについて

 1957年にフランス文化省とパリ市によって、音楽・絵画・彫刻などの芸術家にパリでの研究活動のために宿泊施設を提供することを目的に設立された財団で、1965年にパリ市から土地の提供を受け、最初の宿舎が建設されました。現在では318室の個室(アトリエ兼宿泊施設)があり、世界約50カ国からさまざまなジャンルの芸術家が集まり、創作・研究を展開する環境として利用されています。

名古屋音楽学校が保有し留学生に提供している部屋の一例