NUA-OB
白木昭嘉(しらき あきよし)
建築家/ピュウデザイン 代表
http://karasu.kuronowish.com/
岐阜市にて設計デザイン事務所、ピュウデザインを設立。数多くの店舗、住宅設計を手がける。自宅兼事務所はもちろん自身の設計で、ユニークな間取りと穏やかな空間が特徴となっている。
“ゆたか”である ということ
柳宗悦は著書「手仕事の日本」の中で記している。「このままですと手仕事は段々と衰えて、機械生産のみ盛になる時が来るでありましょう。しかし私どもは西洋でなした過失を繰返したくありません。日本の固有な美しさを守るために手仕事の歴史を更に育てるべきだと思います。」 柳が記してから60年以上が過ぎた。どこにでもあった民藝はわずかに継承される伝統工芸になり、ありふれた雑器は高価な工芸品となってガラスケースの向こう側へ行ってしまった。そして、柳が危惧したとおり、世の中には機械によって作られた画一的な製品と建物が幅をきかせている。柳の考えに違っていたところがあるとすれば、機械製品にも良いものがあるということ。ファストファッションの服や製造ラインから産み出される自動車の機能に、画一性という点以外に不満を持つ人もいるまい。不満はない、では世の中が“ゆたか”になったかと問われれば、素直には頷きがたい……。
ユニークな建物は、2階に玄関があり設計事務所、1階が住居となっている。ドアも床も天然の木材、感触も音の響きも柔らかい。窓枠も木製で、アルミサッシではない。木製だが、昔風ではなく、モダンで重厚な作りとなっている。「天気によって窓枠が反ったり、すきま風が入ったりするんです。でも、それで工夫する。戸によっては、開け閉めにコツが要ります、引っかかったりして。でも、それが楽しいんです。お施主さんにもいつも説明するんですが、メンテナンスフリーな素材はないんです。手がかかるから愛着がわくし、生活の中に、自分しか知らない小さい楽しみが産まれると思うんです。こういったことをお施主さんが解ってくれて、皆、楽しんでくれています」
独立した頃は、店舗デザインの仕事が多かったが、最近は住宅が増えてきているという。「不景気でお店を始める方が減ってしまったように思います。同世代のお客さんが多いため、最近では住宅が増えてきているのかなと」 依頼に来る人の誰もが、画一的なメーカー製の住宅に不満を持っている人なのだそう。ただ、出来合いの製品を買って、そのまま使うことだけへの不満ではなさそうでもある。「物質的な豊かさにはあまり魅力を感じていないのかもしれません。僕個人も、ゆとりある時間や、自然を意識した暮らし方に豊かさを感じています」
話を伺っていると、事務所のパートナーでもあり、インテリアコーディネーター、二級建築士の資格を持つ奥様が、声をかけた。「平田先生(平田哲生教授 デザイン学科主任)の影響がすごく大きいんですよ」 心地良い空間のためか、ごく自然に話は弾む。「平田先生のご自宅で、毎年、年末に餅つきがあるんですよ。そこに学校関係者や多くの人が集まるんですが、どちらかというと近所のおじさんとか、おばさんが来ているんです。そこでのコミュニケーションがすごく楽しい」
建築やデザインの目的は、便利さや機能の高さを追求しているだけではなく、コミュニケーションにあるという。「この事務所を作ってここに住むと決めてから、この地域の問題、例えば、独居老人のこととか、子どもが少なくなっていることとか、問題意識が大きくなってきたんです。自分の周りの小さなコミュニティだけでも、ちょっと楽しい感じになるといいなと。そんな気分が町全体に広がって行けばもっといいし、なにかそういう拠点になるような、そういうことをやっていきたいと思います」
「家はそんなにお金をかけて作らなくていいんです。でも、それがあることで周りの人たちに、今までとは少し違うスイッチが入って、“ゆたか”になっていく。それが面白いんです」
柳宗悦は手仕事の優れる点をこう述べている。「民族的な特色が濃く現れてくることと、品物が手堅く親切に作られることであります。そこには自由と責任とが保たれます。」 手仕事は消えてしまったわけではなく、形を変えながら今に生きている。