岩船和哉(いわふね かずや)
株式会社ジャパーナ
ギア統括部
アウトドア&バッググループ チーフ
部下として使う人にほしいのは「適応力」ですね。自分の経験からすれば、企業デザイナーに求められるのは、独創性よりも、既存の商品をみる目とそれを分析して判断する能力が必要だと思います。
苦難を越えなければみえない景色
名古屋市を東西に走る伏見通り。通りに面した建物のうち、もっとも高いのがアルペン丸の内タワーだ。屋上にヘリポートのある独特の形状は、遠く離れた所からもよくみえ、名駅の高層ビル群、栄のテレビ塔と並び、伏見・丸の内のランドマークとなっている。今回、お伺いしたのは株式会社ジャパーナにお勤めの岩船氏。ジャパーナは、アルペングループで販売されるPB(プライベートブランド)商品の開発、製造を担っている。企業にお伺いし受付に向かうことは、いつまで経っても慣れないものだ。就職活動ならばなおさらだろう。大企業ともなれば、ちょっとした緊張を強いられるものである。しかし、アルペン本社は、少々、趣が異なるようだ。面談スペースに訪れている他社の方々も応対する方々も、いかにもスポーツ用品を扱っている企業らしく、堅苦しさが少ない。風通しの良さそうな企業風土も何となく感じられる。受付で案内され、現れた岩船さんは、スウェット生地の装いがよく似合ういかにもスポーツマン。180cmを優に超える身長とがっしりした体つきだ。「大学時代は、デザイン学科というよりスキー部でしたね(笑)」
車のデザイナーになりたくて本学に入学。しかし、入ってみると「自分ではとても及ばないようなすごいやつがたくさんいる」とわかり、勉強よりもスキーにのめり込むようになったという。課題を満足に出せず、先生に叱責されるような学生時代だったそうだ。では、スキー好きが転じて現職に就いたといえば、そうでもないらしい。「じつは前職がありまして、とある住宅メーカーに就職しました。スペースデザインでしたので、その関連でやっていければいいと思っていました。ところが、住宅メーカーというのは、営業が仕事の基盤なんですよね。営業しながら、お客さんを捕ったらそのお客さんに向けてのデザインプレゼンをしなさいと、そういうスタイルです。僕は営業の成績が良くなくて、仕事に馴染めずにいました」 仕事に悩むうち、たまたまアルペンの店舗でアルバイトをしていた親類からスキーのチューンナップスタッフの求人があると聞き、デザインの仕事からも離れるつもりで面接を受けようと決心した。しかし、面接に行くと思わぬ方向へ話は進む。「面接官が『君、デザイン学科の卒業だよね』と聞くんです。『ゴルフバッグのデザイナーが足りないんだけど、1週間後に絵を描いて持ってきて』といわれたんですよ」 腑に落ちないながらも、与えられた課題をこなすため、販売店に出向きゴルフバッグの実物を確認、ゴルフをやっている兄や知り合いに、機能性やどういうものが有効なのかを聞き取りした。そして、自分なりに現行のゴルフバッグの問題点を抽出し、提案を織り込んで絵にした。1週間後、再び面接官に会いに行き提出すると『デザイナーとして採用します』ということになった。「もうやるつもりはなかったんですが、なぜかデザイナーになってしまいました」 縁とは不思議なものである。
ただし、本当の苦労はそれからである。「採用されて配属先に行くと、バッグのデザイナーは誰もいないんです。前任の方が本当にちょうど辞められたところで、業務が止まっていました。そんな状態なので『すぐにやってください』といわれました。でも、何をやっていいのかわからない(笑)。面接で、ゴルフバッグの絵を一枚描いただけですから。『どうすればいいんですか』と周りの人に聞いてみるものの『ここに、これまでの資料があるので、これをみながらやってください』だけです」
当時、ゴルフバッグの担当者は、バイヤー1人、デザイナー1人の2人だけ。たった2人ですべてのバッグを作り出していた。「みようみまねで何とか始めたんですが、今思えば結果としてこれが長続きした理由になったのかも知れないですね」 連日、1人会社に残り夜更けまで仕事に励んだ。「産みの苦しみは大きいですけど、最初にサンプルが上がってきたときの感動は今でも忘れません。店舗に商品として並んで、さらに実際にお客様が使っているところをみると『おお、それ、俺が作ったんだよ!』という感じのすごいうれしさがあります(笑)」 形になっていくプロセスを経験し、仕事の面白さを実感した。
デザインだけでなく、型紙を実際に作り縫製まで自分でこなせるようになり、工場のラインを作る仕事にも取り組んだ。その経験を基に、現在はアルペングループ全体のバッグの生産管理を統括する業務に就いている。若い人たちに望むことを伺えば「ラクしちゃだめですね。何事にも最後までやり遂げるという気持ちを持って取り組んでもらえれば、あとで絶対に生きてくると思います。すぐあきらめないとか、そういうことが大事だと思います。たとえ理不尽なことがあったとしても、苦労したことが自分の身になるということを忘れないようにして欲しいですね」 苦しいトレーニングがあってこそ、結果がある。スポーツマンらしい言葉に納得。