森 典子(もり のりこ)
音楽学部 教授
愛知県生まれ
バイオリンを伊藤美佐子、中村桃子、F.リヒネフスキーの各氏に師事。学生時代から仲間と名古屋音楽研究会を作り活動。結婚、出産を経て、育児のかたわら演奏活動を再開し、1983年にソロリサイタル、ジョイントリサイタル、室内楽などで活躍。以降、現在まで年数回の演奏会に出演。
自分の演奏を探して、伝えて
「今の子たちは、あきらめるのが早い。なんとかなりそうでも、他の子とちょっと比べてみて負けそうだとパッと止めちゃう。今はコンクールがたくさんあって、自分がどの程度なのかがわかると、すぐに見切りを付けてしまう。決断が早すぎます」 どこか悔しそうな口調でいった。
研究室は簡素な部屋だった。バイオリンのレッスンがやりやすいように机は壁に追いやられ、中央に大きなスペースが確保されている。女性の部屋にありそうな花やぬいぐるみなどはなく、飾り気はまったくない。バイオリンを弾くとために最適なように整えられているだけだ。目的のためにできることをやる。そのためもっとも理にかなった方法を採っただけ。そんな考えを物語っているようだ。この部屋でレッスンを受け、目の前が開けた学生もいれば、厳しい指摘に涙が止まらなくなった学生もいたことだろう。いずれにせよ、歯に衣着せぬものいいは、教えを請う者の胸の深いところにまで届いているはず。
学生時代に、仲間と音楽について批評する会を始めた。「最初は先生に対する愚痴ですよ(笑)。自分が学生の頃、自分が最高だと思ってやったことでも人の評価とつながらないことが多いわけです。それで、ひたすらレコードや録音したテープなどを聞き、それをまず皆で批判することから始めてみました。いろいろな話をしました。例えば演奏する者は暗譜が当たり前だったんですが、暗譜してがむしゃらに弾くことが必ずしもいいわけではないとか、心に染みるとはどういうことかとか、誰かが簡単な曲を弾いてそれを批評する会であるとか」 何を目標にしたらいいかさっぱり見えず、とりあえず自分自身勉強していこうという思いの中で、なんとか人に伝わる音楽がしたい、見つけたいと続けてきたという。この会は“名古屋音楽研究会”という団体であると大きく謳っていたが… 「それぞれの生活がはっきりしてくると、集まれなくなってしましました。当時のメンバーは現在も気の置けない仲間として親交があり、辛辣な批判ももらったりしています」 大学院を卒業後、こういった活動が評価されて講師の仕事を受ける。そして、このときから演奏家と教育者などと難しく考える暇もなく“教えるために演奏する”大学院を修了して目標を持つとは考えることが出来ず、とりあえず仕事が来た! それで教えるために自分が演奏するという姿勢で現在まで来たという。「一時期、名フィルにも行きましたが、私は不器用で皆についていくのが大変で、結局半年ほどで辞めてしまったんです。時間をかけないと弾けなくて…今思えば、そこがプレイヤーになっていくかの分岐点だったように思います」 かくして、教育者として進むことを決意する。教育者になると決めると、今度は教えるということを追求していくことに向かう。そして一つの考えが導き出される。「演奏することを教えるには、自分が演奏しない限り、常に新鮮な体験としていない限り、駄目だろうと考えました」 教えるために演奏する。音楽と教育に対する真摯な姿勢が伝わってくる。
結婚後、育児をしながらも教える仕事は続けた。「双子なので人一倍手がかかりましたか? と言われますが。そんなものなのかと過ぎていった気がします(笑)。さすがに子どもが小さな頃は演奏を休んでいましたが、3歳になったら再開しようと決めていました。3歳になったとき、今日から弾くんだと、子どもを寝かせ夜中になってから練習していました。4歳のときに小さな演奏会ですけど出演し、その後、初めてのソロリサイタルを開きました」 家族の深い理解と大きな協力あってのことだとはわかるが、一度選んだ自分のことへの責任の強さを窺わせる話だ。子育ての手が離れると、若い頃にあきらめた海外留学も果たした。いつまでもあきらめず、自分の信じたことをやり続ければ、必ず実現できるとまさに身をもって、行動で示している。
「演奏で対話がしたいんです。言葉では、こんな微妙なこと聞いてもらえない、と思うようなことでも、演奏ではすごくわかってもらえたり、伝わってきたりすることがあります。そういうやりとり、音楽の中に情景が見えたらと思っています。技術的な上手い下手よりも、ちゃんと伝えることが一番大切じゃないかと思います」 人に演奏することを教えるために自分が演奏しなければいけない、自分がやるからにはきちんとした演奏がしたい、強い思いが行動に表れる。
弦楽器は、他の楽器よりも積み重ねが重要だという。「頭と能力だけではどうしようもないところがあるんです。音色というか微妙な音程というか。長くやってきた人、若いときに必死でやった人というのは違いますね」 自分の音楽を探し、その作業を積み重ねることの大切さをかみしめるように語った。壁に当たってもあがき続けなさいと、厳しくも優しく教えてくれる。「自分には演奏家としてやっていけるほどのエネルギーがない」というが、音楽への強い信念に圧倒された。
森典子 & ファルヴァイ・シャンドール リサイタルより ベートーヴェン:ソナタ 第9番 イ長調 Op.47 「クロイツェル」第1楽章森典子(ヴァイオリン)ファルヴァイ・シャンドール(ピアノ)