マスターtoアーティスト
久野利博
くの としひろ
デザイン学部 教授
- 1948年
- 愛知県生まれ
- 1974年
- 名古屋造形芸術短期大学専攻科修了
- 1986年
- 名古屋市芸術奨励賞受賞
- 2010年
- 愛知県芸術文化選奨文化賞受賞
- 1991年
- サンタ・モニカ美術館他 「セブン・アーチスツ-今日の日本美術展」 へ招待出品
アメリカ・メキシコへ巡回展 - 1994年
- ポジション展(名古屋市美術館)
- 1995年
- 愛知県美術館・名古屋市美術館「“還流”日韓現代美術展」へ招待出品
第1回光州ビエンナーレへ出品(韓国) - 1996年
- “家事分担”金守子+久野利博(アキラ イケダギャラリー田浦)
個展Contemporary Art Center of Vilnius(Vilnius/Lithuania) - 1997年
- 個展CHONGRO Gallery(ソウル/韓国)
- 1998年
- 第24回サンパウロ・ビエンナーレへ出品(ブラジル)国別日本代表
- 2001年
- ikiro-be alive-日本現代美術展(クレラー=ミュラー美術館/オランダ)
- 2001年
- オハイオ州立大学ワークショップ(コロンバス/USA)
- 2004年
- 個展(名古屋市美術館)
- 2006年
- “folklorism”Shim Moon Seup+Toshiniro Kuno(SPACE TEUMSAE・ソウル/韓国)
- 2008年
- 「版」の誘惑展(名古屋市美術館)
名古屋市美術館メンバーシップカレンダー 製作 - 2010年
- 個展 碧南市哲学たいけん村無我苑(碧南/愛知)
あいちアートの森(廻船問屋瀧田家、常滑) - 2013年
- 個展ガレリアフィナルテ(名古屋)
名品コレクション展Ⅲ(名古屋市美術館)
見る力
研究室にお伺いした。部屋の中には、久野氏が「小道具」と呼ぶ、インスタレーションで使用される古今東西の多数の生活用品が所狭しと飾られる。小道具と同様にいくつも壁に飾られているのがポスター。過去に氏が係わった展覧会のもの以外にも、“今”行われている展覧会、琳派展もあれば茶道具、現代美術……と、あらゆるジャンルの展覧会のポスターとチラシが貼られている。「僕は、学生たちに教えるのが仕事。こんな面白い展覧会があるから見てこいと勧める立場。教えるには、知っていなければいけないと思っています」 幅の広さに興味がかき立てられる。
自分の原点は、「見る」ことだという。高校の頃には、ただロダンの展覧会を見るためだけに京都まで足を運んだ。河合塾美術研究所に勤めていた頃には、塾内のギャラリーNAFのディレクターとして、見たい作家を数多く招いた。これまでの活動を顧みても、芸術家として自分の作品を創るということ以外に「見る」ことや「伝える」ことが大きなウエイトを占めているといえよう。教えるために見ておくというが、それ以上のものがあるのは明らかだ。「好きだから見に行ける。僕の中にある『見てやろう精神』ですよ。古いも、新しいも、アート、デザイン、古美術、ジャンルを飛び越えていいものはいい、という観点から何でも見ている。本物が見たいんですよ」
「見る」ことは、人との関係にも通じる。学生時代に優秀ではなかった学生が、卒業後に大きく伸びたということを何度も目の当たりにした。「美術は化けることがことがある。インスピレーションが弾けて、ものすごくいい作品が突然できてしまう。美術ではそういうことが起きます。それを見抜く力がなければ、その人をつぶしてしまうことになりますよ」 人間、いつどこでどうなるかは誰にもわからない。人が持っている資質が、いつ花開くかわからない。しかし、その予兆を見逃さないよう、真正面から当たっていることが伝わってくる。「接し方さえ間違っていなければ何か響くかも知れない。ダメといわない。否定するのは簡単だけどそれは正しいやり方じゃないように思います」 学生時代、彫刻家の野水信に学んだ。直接指導を受けるというよりも、生き方を見せられた。よく連れられた居酒屋で、師の友人である作家やギャラリーらが話す作家論を聞いた。交わされた言葉がいつまでも心に引っかかる。作家としてやっていく決意も師の言葉だったという。学生たちには、同じように接していきたいという。
「見る」ことは創作の基礎でもある。「1977年、作家になって3,4年経った頃、ヨーロッパに行きたいという思いが強くなって、4週間行ったのが初めてでした」 当時、日本国内ではまだあまり知られていなかったドクメンタ(ドイツの古都カッセルで5年ごとに開かれる現代美術展)を見に行った。衝撃だった。「時代性と自分の作品との比較や、先を読むことや表現方法であるとか、このときの経験が僕自身の核になっているように思います。本で見るのではなく本物を見ることが一番大きかった。確実に肥やしになっている。僕を鍛えてくれた一番の理由だと思う」 それから20年以上、6度もドクメンタには通うことになる。現代美術の先端を行く作家と作品を注意深く見ることで、自身の作品や考えも徐々に変化し、彫刻の枠を超え、空間を意識するインスタレーションへ、さらに人間の感情を揺さぶり記憶を呼び覚ますような作品へと発展していく。
デザインの分野でもさまざま足跡を残している。ギャラリーNAFの運営を行っていたときには、案内状を自分でデザインしていた。それらを見て、作家から展示方法やパンフレットを任されることもしばしばだったという。建築家の葉祥栄氏からは作品模型の展示まで任された。「不安でしたが、僕なりに頑張って展示を考えました。見に来られて『いいですね』と声をかけてくれたときにはほっとしました。そういう教育を受けたわけではなく独学ですが、当時の自分なりにできる限りのことをしようと思ってやってきた。いろいろと『見て』きたからできるんだろうと、目利きでやってきたんですよ」
「技術は、やっていれば上手くなる。でも感性というのは自分が磨かなかったら、だんだん衰える。時代の流れたとか、本物を見ないことにはわからない。僕らの仕事は、それが財産じゃないですか」 学生たちにも、理屈抜きで本物を見ることを強く勧める。ことに自分の好み以外の展覧会であっても見ることに大きな価値があるという。「デザインの人はアートを軽視する。アートの人はデザインを理解しない。だからミスマッチが起こる。もう一つ、デザイナーやアーティストでも意外と展覧会をあまり見に行っていない。大抵の人は、好きなものしか見に行かないけど、本当は嫌いなものを見なければいけない。その中から一つでもいいものがあったらと思わないと。今は興味なくても後から好きになることもよくあること。だからできるだけ見ておけといいたい」 鑑賞眼の奥には、創作する人への深い慈愛があるように感じた。
風景に自身が横たわる場面を写し込んだ一連の作品。肉体で空間を表現することに加え、場所と日時が記され日記的な要素もある。端正な構図、静けさなど写真としても見応えがある。