特集

39号(2017年4月発行)掲載

染色工房×テキスタイル工房

 本学には、木、金属、ガラスなど、扱う素材に応じた“工房”があります。今回の特集では、「染色工房」と「テキスタイル工房」をご紹介します。さらに、この工房を活用し、東海地区の産業と連携して世に新たな製品を送り出そうというテキスタイルデザインコースの取り組みをご紹介します。            

染色工房、テキスタイル工房でできること

小久保綾乃さん/扇千花教授/古川理恵さん

写真左:染色工房 技術職員 小久保綾乃さん
写真中:デザイン領域 テキスタイルデザインコース 扇千花教授
写真右:テキスタイルデザインコース 助手 古川理恵さん

 西キャンパス、X棟1階奥に、染色工房とテキスタイル工房の2つが並んであります。染色工房は共通工房であり、本学学生であれば誰でも利用することができます。テキスタイル工房は、テキスタイルデザインコース専用の工房となります。
 実際には、染色とテキスタイルのカテゴリをきれいに切り分けられない部分があり、それぞれの範囲を超えてしまうことがあります。技術員は、テキスタイルデザインコースの卒業生であり、染色にも織りにも通じていて、総合的にサポートすることができます。

テキスタイルデザインコース専用の工房。20台以上の機(はた)織り機、デジタル孔版製版機、ヒートプレス機、ニードルパンチ機を設置しています。

染色工房では、糸、布などの繊維に色を付けるための道具、染料、助剤などの薬品が揃えられています。木綿、麻、羊毛、絹、ナイロン、レーヨンと繊維素材に応じて異なった染料が必要になり、技術員と相談しながら利用します。

染色工房、テキスタイル工房でできること

染め

ろう染め

染めない部分に筆でワックスを塗り(防染)、染色する方法。防染、染色を繰り返し、色の層を作ることで多彩な作品を作ることができます。グラデーションが作りやすく、絵画的な表現ができます。

糸染め(先染め)

糸の状態から染めます。

板締め絞り染め

絞りの技法の一種です。折りたたんだ布をいろいろな形の板ではさむことで物理的に防染し、模様を生み出します。たたみ方でさまざまな柄を作り出すことができます。糸で縫い締める絞り染めと共に、インド、アフリカなど世界中の各地で利用されているプリミティブな技法です。

型染め

下絵を型紙に写し、ナイフで彫り抜いた型紙を布の上に置いて染める技法です。型の抜けた部分に米のペーストを塗り、塗っていない部分が染まります。米を使うため、稲作のある日本と中国にしかない技法です。

シルクスクリーン

絵画におけるシルクスクリーンと同じ、孔版を使って染色します。水性の染料や顔料を使用するため、荒いメッシュを使います。版で柄をリピートすることが特徴です。

織り

組織織り

平織り、綾織り、朱子織りをはじめとした基本の織り組織と、色糸を使って模様を織ります。

絣織り

経糸と緯糸を部分的に括って防染し、あらかじめ染め分けた糸を織ることで模様を表します。

写真左:さまざまな組織織りを試したサンプル。糸の交差具合を表す織組織図と合わせて見ます。組織織りは、基本の織りをベースに、変形させたり複合的に使ったりすることでバリエーションを作り出すことができます。

綴織り

平織りの一種ですが、緯糸を詰めていくことで模様を織ります。絵画的な表現が可能です。

デザイン領域 教授 扇 千花

デザインを学んだ学生が、地域の産業を活性化させる

デザイン領域 教授
扇 千花

テキスタイルデザインコースでは、どんなことをするのですか?

 本学のデザイン領域では、1年生のすべての学生が、共通カリキュラムのファンデーションを受講し、デザインの基礎を学びます。ですから、テキスタイルデザインコースを選択するのは2年生からになります。
 2年生では工房を使って、テキスタイルの基礎となるハンドメイドの染めや織りを学びます。また、植物から紙を漉いたり、羊の毛を刈ってフェルトを作ったりします。そのような、植物繊維、動物繊維を平面や立体に構成するペーパーメイキング、フェルトメイキングを通して、繊維素材の性質を理解します。
 3年生では、有松産地や尾州産地、名古屋帽子という地域の産業と連携して、テキスタイル産業について実践的に学びます。近郊の工場を見学し、その特徴を理解した上でデザインして、実際に職人とコラボしながら製品開発を行います。
 4年生では、これまでの授業で体験、習得した中から、自分でテキスタイルを企画して、卒業制作に取り組むことになります。

産学連携が数多くあります。どんなことをするのですか?

 本学の学生の80%は、東海地区の出身です。一方で東海地域には、有松鳴海絞り産地や尾州産地などの繊維産業がありますが、現在は少し停滞気味といった状況です。そこでデザインを学んだ学生たちが、自分たちの地域の産業を活性化させることをコースの目標にしようと考えました。そうして、始めたのが有松産地との連携でした。毎年6月に行われる「有松絞りまつり」で学生自身がデザインし、染めた手ぬぐいを販売します。2009年からこうした授業を始めて、最初の卒業生たちが「まり木綿」名義で有松でデビューしました。それと並行して、帽子産業との連携も始めました。名古屋帽子協同組合との連携は毎年9月に行われる「尾張名古屋の職人展」にて、帽子ファッションショーを行っています。ただ、こちらの連携は商品化まで結びつけるのに試行錯誤をしました。産業と関わるということは、作品を作るだけでは駄目で、経済活動として成り立たないと意味がありません。有松の場合は、学生のデザインを商品化することが、わりと早く軌道に乗りましたが、帽子は時間が掛かりました。形になったのは2013年、「浴衣に似合う帽子」をテーマに、「SOU・SOU」ディレクターの若林剛之さんが選んだ学生のデザインを、名古屋の帽子工場で生産し商品化してからです。今までに4点商品化され、ベストセラーになったものもあります。

そして尾州なんですね

 ずっと尾州と連携をしたいと考えていましたが、なかなか良いご縁がなく、12年掛かってやっと2016年から尾州との連携が始まりました。(有)カナーレの足立聖さんと知り合い、ションヘル織機を使って学生にしかできない見たことのない布を作ろうということで始めました。ションヘル織機は90年前の織機で、現在主流の織機とくらべると1/5程度のスピードのため、効率は悪いのですが、手織りに近い製品ができます。太い糸でも巻くことができ、クラフト感のある柔らかな風合いの布を作ることができます。中量生産という、大量生産と一品ものの中間のようなクオリティと価格を想定しています。手作り感のあるクラフト的なこだわりは残しつつ、コストをある程度抑え、ちょっと頑張れば買えるくらいの値段で、買う人も納得がいくような、そんな製品です。足立さんは、後継者とションヘル織機がなくなってしまうことを危惧していて、工場を一つ借り切ってションヘル織機を若い人たちが自由に使える場ができないだろうかと考えていました。そのような考えが私たちと一致して、連携が始まりました。

サンプルを作って、工場でオリジナルの生地を作りました。学生の作った布が市場に耐えるものなのでしょうか?

 学生のときに浮かぶアイデアが、社会人になると浮かばなくなることがよくあります。新鮮なアイデア、プロが思いもつかないような柔軟な発想は、経済性や市場を計算していないからこそ出て来るのです。尾州との連携は今年1年目で、足立さんもいろいろと苦労されたようですが、自分では考えなかったデザインが沢山出てきたところが良かったとのご意見をいただいています。また、特別客員教授の宮浦晋哉さんが主催するセコリ荘で受注展示会を行いましたが、インテリア方面から面白いという評価をいただきました。他にも有名なアパレルブランドからも引き合いがあるようで、こちらも採用されないかと期待しています。

学生たちのアイデアで、面白い布を提供することに専念するわけですね。

 学生のアイデアをどう上手く社会に提案するのか、ということだと思います。始めは、学生が最終製品であるファッションやインテリアを想定し、提案するのがいいと考えていましたが、そのうちに、全部を学生が考えるのではなく、プロが布を見た上でどんなアイテムに適しているのか考えてもらうほうがいいと分かってきました。もともとテキスタイルデザインは、布という素材を作るファーストデザインで、製品はセカンドデザイナーが行います。そこがインダストリアルデザインやグラフィックデザインなどの他のデザインとは大きく違うところです。来年度はこういった部分も、もう少し整理できるかなと考えています。
 テキスタイルの分野では、人間が昔からずっと培ってきた技術や素材、アイデア、知恵が継承されています。学生を見ていてとてもいいなと感じるのは、そうしたものがなくなっていくことを惜しむ気持ちを強く持っていることです。昔から伝えられてきたものを大切にしたい。自分の時代になくなってしまうのは非常にもったいないし、それに対して何か力になりたいという気持ちを持っています。そうした気持ちに応えて、若い人がテキスタイルデザインの世界で活躍できるように、できるだけ多くの道筋を作りたいと考えています。

来年度の取り組みは?

 パリ在住のファッション実業家、齋藤統さんに客員教授をお願いしています。有松、尾州、綿織物の産地である静岡の遠州で、卒業生が活躍しています。この卒業生たちに産地での仕事をプレゼンテーションしてもらい、その後、卒業生と齋藤さんとのパネルディスカッションを計画しています。学生は先輩が働いているテキスタイル産地を身近に感じ、産地の問題を一緒になって考え、さらに齋藤さんの話から、世界的な視野で日本のテキスタイル産地の行く先を考える機会にしたいと思っています。
 現在の学生たちは、私が大学に赴任してきた12年前とくらべて、経済の所為もあってか視野が狭いように感じます。自分の知っていることで世界が閉じていて、検索した情報だけで世界を知っているような気になっている。クオリティの高い布を見て触って、その素晴らしさに驚くような、リアルに体験して感じることが大切だと思います。芸術大学へ来ているのだから、専門の世界のことをより多く知って、自分の選択の幅を広げてもらいたいですね。良いもの、良い人に触れることのできる環境をできる限り整えていきたいと思います。

羊の毛刈り

工場見学

【浴衣に似合う帽子】「擬宝珠(ぎぼし)」
デザイン:才川清香さん
テープ状のものを渦巻きに縫って作るブレード帽子で、普通なら鍔の付いた日よけ帽にしますが、学生らしい新しい発想でベレー帽に。

「ねね」
デザイン:福地里沙さん
花嫁衣装の角隠しをイメージ。女性だけでなく男性も使え、横向きや前後逆にして被るなど、いろいろな被り方ができます。

尾州との連携。ションヘル織機での生産

尾張名古屋の職人展に帽子を出品

2016年9月17日、オアシス21にて、「第33回 尾張名古屋の職人展」に作品を出品、それぞれが自分でデザインした作品を身に付け、ファッションショーを行いました。名古屋帽子協同組合、中部日本ネーム刺繍業組合、本学の3者による産学連携プロジェクトです。学生がデザインした帽子を工場で生産し、作品を職人展で発表、一般の観客が審査しました。

特別客員教授 宮浦晋哉氏、カナーレ 足立聖氏によるデザインチェック

2016年10月11日、西キャンパスX棟1階テキスタイル工房にて、宮浦晋哉氏によるデザインチェックを行いました。ションヘル織機を見学しイメージを膨らませて生地をデザインし、そのサンプルを手織りで制作、実際に産地で生産する前に、デザインを検討する機会となりました。一人ひとりデザインソースになった写真などと夏休み中に手織り機で試作したサンプル、さらに後期の授業で作成したサンプルを手に、プレゼンテーションを行いました。デザインソースの説明から始まり、色の調整や質感の変化など試行錯誤を繰り返したプロセス、デザインのポイントとなる部分について細かに説明。宮浦氏は、具体的な生地の使い方を想定した上で市場性があるかを判断し、デザインの可能性を、また、足立氏は、織機で織った場合に不都合はないか、織り方を変えることでより目的に適うものができるのではないかといった技術的な面を確認しました。

14th JAPAN YARN FAIR&総合展「THE 尾州」で作品を発表

2017年2月22〜24日、一宮市総合体育館で開催された14th JAPAN YARN FAIR&総合展「THE 尾州」において「翔工房作品発表会」が行われ、本学からは2名の学生が作品を発表しました。「翔工房」は、学生に対してアパレル製品を開発するための企画力を早い段階から醸成する目的で、一宮地場産業ファッションデザインセンターが創設した組織です。これまでにも本学の卒業生がその門を叩き、尾州産地で活躍するようになりました。
また、今回の14th JAPAN YARN FAIR&総合展「THE 尾州」では、NUA textile labで学生たちが作成した布も展示され、多くのテキスタイル業界の方々にご覧いただきました。

宮浦晋哉 × 齋藤統 対談「パリから見た日本のテキスタイルのポテンシャル」

2016年12月8日、西キャンパスX棟1階和室にて、特別客員教授である宮浦晋哉氏とAECC(Asian European Consulting Company)社長の齋藤統氏による対談「パリから見た日本のテキスタイルのポテンシャル」を開催。対談を行う前に、Xギャラリーに展示された学生たちがデザインした布を見ていただきました。学生一人ひとりコンセプトを齋藤氏に説明しました。「15の作品には15の個性があり、それぞれの頑張りがよく現れています」と講評をいただきました。対談では、日本のテキスタイルが欧州で高く評価されていること、日本と欧州のアパレル産業の違い、また、欧州への中国資本の参入で大きく業界全体が揺れている現状などのお話がありました。「私にできることは、頑張っている若い人をサポートすること。オールジャパンの組織作りを宮浦氏と若い世代に託したい」との言葉がありました。