デザインを学んだ学生が、地域の産業を活性化させる
デザイン領域 教授
扇 千花
テキスタイルデザインコースでは、どんなことをするのですか?
本学のデザイン領域では、1年生のすべての学生が、共通カリキュラムのファンデーションを受講し、デザインの基礎を学びます。ですから、テキスタイルデザインコースを選択するのは2年生からになります。
2年生では工房を使って、テキスタイルの基礎となるハンドメイドの染めや織りを学びます。また、植物から紙を漉いたり、羊の毛を刈ってフェルトを作ったりします。そのような、植物繊維、動物繊維を平面や立体に構成するペーパーメイキング、フェルトメイキングを通して、繊維素材の性質を理解します。
3年生では、有松産地や尾州産地、名古屋帽子という地域の産業と連携して、テキスタイル産業について実践的に学びます。近郊の工場を見学し、その特徴を理解した上でデザインして、実際に職人とコラボしながら製品開発を行います。
4年生では、これまでの授業で体験、習得した中から、自分でテキスタイルを企画して、卒業制作に取り組むことになります。
産学連携が数多くあります。どんなことをするのですか?
本学の学生の80%は、東海地区の出身です。一方で東海地域には、有松鳴海絞り産地や尾州産地などの繊維産業がありますが、現在は少し停滞気味といった状況です。そこでデザインを学んだ学生たちが、自分たちの地域の産業を活性化させることをコースの目標にしようと考えました。そうして、始めたのが有松産地との連携でした。毎年6月に行われる「有松絞りまつり」で学生自身がデザインし、染めた手ぬぐいを販売します。2009年からこうした授業を始めて、最初の卒業生たちが「まり木綿」名義で有松でデビューしました。それと並行して、帽子産業との連携も始めました。名古屋帽子協同組合との連携は毎年9月に行われる「尾張名古屋の職人展」にて、帽子ファッションショーを行っています。ただ、こちらの連携は商品化まで結びつけるのに試行錯誤をしました。産業と関わるということは、作品を作るだけでは駄目で、経済活動として成り立たないと意味がありません。有松の場合は、学生のデザインを商品化することが、わりと早く軌道に乗りましたが、帽子は時間が掛かりました。形になったのは2013年、「浴衣に似合う帽子」をテーマに、「SOU・SOU」ディレクターの若林剛之さんが選んだ学生のデザインを、名古屋の帽子工場で生産し商品化してからです。今までに4点商品化され、ベストセラーになったものもあります。
そして尾州なんですね
ずっと尾州と連携をしたいと考えていましたが、なかなか良いご縁がなく、12年掛かってやっと2016年から尾州との連携が始まりました。(有)カナーレの足立聖さんと知り合い、ションヘル織機を使って学生にしかできない見たことのない布を作ろうということで始めました。ションヘル織機は90年前の織機で、現在主流の織機とくらべると1/5程度のスピードのため、効率は悪いのですが、手織りに近い製品ができます。太い糸でも巻くことができ、クラフト感のある柔らかな風合いの布を作ることができます。中量生産という、大量生産と一品ものの中間のようなクオリティと価格を想定しています。手作り感のあるクラフト的なこだわりは残しつつ、コストをある程度抑え、ちょっと頑張れば買えるくらいの値段で、買う人も納得がいくような、そんな製品です。足立さんは、後継者とションヘル織機がなくなってしまうことを危惧していて、工場を一つ借り切ってションヘル織機を若い人たちが自由に使える場ができないだろうかと考えていました。そのような考えが私たちと一致して、連携が始まりました。
サンプルを作って、工場でオリジナルの生地を作りました。学生の作った布が市場に耐えるものなのでしょうか?
学生のときに浮かぶアイデアが、社会人になると浮かばなくなることがよくあります。新鮮なアイデア、プロが思いもつかないような柔軟な発想は、経済性や市場を計算していないからこそ出て来るのです。尾州との連携は今年1年目で、足立さんもいろいろと苦労されたようですが、自分では考えなかったデザインが沢山出てきたところが良かったとのご意見をいただいています。また、特別客員教授の宮浦晋哉さんが主催するセコリ荘で受注展示会を行いましたが、インテリア方面から面白いという評価をいただきました。他にも有名なアパレルブランドからも引き合いがあるようで、こちらも採用されないかと期待しています。学生たちのアイデアで、面白い布を提供することに専念するわけですね。
学生のアイデアをどう上手く社会に提案するのか、ということだと思います。始めは、学生が最終製品であるファッションやインテリアを想定し、提案するのがいいと考えていましたが、そのうちに、全部を学生が考えるのではなく、プロが布を見た上でどんなアイテムに適しているのか考えてもらうほうがいいと分かってきました。もともとテキスタイルデザインは、布という素材を作るファーストデザインで、製品はセカンドデザイナーが行います。そこがインダストリアルデザインやグラフィックデザインなどの他のデザインとは大きく違うところです。来年度はこういった部分も、もう少し整理できるかなと考えています。
テキスタイルの分野では、人間が昔からずっと培ってきた技術や素材、アイデア、知恵が継承されています。学生を見ていてとてもいいなと感じるのは、そうしたものがなくなっていくことを惜しむ気持ちを強く持っていることです。昔から伝えられてきたものを大切にしたい。自分の時代になくなってしまうのは非常にもったいないし、それに対して何か力になりたいという気持ちを持っています。そうした気持ちに応えて、若い人がテキスタイルデザインの世界で活躍できるように、できるだけ多くの道筋を作りたいと考えています。
来年度の取り組みは?
パリ在住のファッション実業家、齋藤統さんに客員教授をお願いしています。有松、尾州、綿織物の産地である静岡の遠州で、卒業生が活躍しています。この卒業生たちに産地での仕事をプレゼンテーションしてもらい、その後、卒業生と齋藤さんとのパネルディスカッションを計画しています。学生は先輩が働いているテキスタイル産地を身近に感じ、産地の問題を一緒になって考え、さらに齋藤さんの話から、世界的な視野で日本のテキスタイル産地の行く先を考える機会にしたいと思っています。
現在の学生たちは、私が大学に赴任してきた12年前とくらべて、経済の所為もあってか視野が狭いように感じます。自分の知っていることで世界が閉じていて、検索した情報だけで世界を知っているような気になっている。クオリティの高い布を見て触って、その素晴らしさに驚くような、リアルに体験して感じることが大切だと思います。芸術大学へ来ているのだから、専門の世界のことをより多く知って、自分の選択の幅を広げてもらいたいですね。良いもの、良い人に触れることのできる環境をできる限り整えていきたいと思います。