会社を〈経営【デザイン】〉する
デザイン学部を卒業、デザイナーとしてキャリアを積みつつ、現在は広告デザイン会社の取締役を務めるという本学卒業生でも異色のキャリアを持つ。しかも、創業メンバーとして会社の創業に関わったというから、さぞやバイタリティあふれる人物ではと想像してしまうが、ソフトな語り口が印象的な非常に穏やかな人だった。デザイナーとして積んできたキャリア、新会社になってからの経営者としてのキャリア、自分の中で折り合いがついたのは最近のことだという。「クリエイターとしてのキャリアと、2009年以降のマネジメントというか会社作りにおけるキャリアって、今になって思えば通用する部分もあるんですけど、当時は全くそれまでのキャリアからは切り離してという状態で、相当、悩みましたね。長い間、アートディレクターをやっていて、今の名刺を渡すと昔の知り合いは『清水、おまえデザインやってないんだ。現場に出てないんだ』といわれることが多いんです。僕は、心の中で会社をデザインしているんだと思っているんです」
学生にはわかりにくい話かもしれないが、どんな職業であっても企業で働いていれば、現場の第一線でやっているところから、いわゆる中間管理職としての業務へと変化していく時期がある。このとき、特に実際に手を動かして仕事をしていた者ほど強く管理の仕事に戸惑い、ときに会社から離れてしまう程のことになる。でも、そのことは視野が狭くなっているだけではないかと考えさせる。「気が付いたのは外からの指摘です。会社の代表から『清水君のやっている仕事ってデザインだよね。その視点でまとめていくと課題が解決できるって、俺は思う』といわれたことがあるんです。一旦、ズバッと切ってしまったと思ったキャリアが、実は生かされていたと。心の支えになりました」
クリエイトという作業は、文字通り0から1を作る仕事であり、ゴールのないところに向かうものである。一方で、商業デザインを顧みれば、ゴールを仮定して、予算、納期、チャンスとリスクを勘案し、そこから逆算して進める仕事ともいえる。「経営も一緒で、チャンスとかリスクを予測して、そこをちゃんと穴埋めして備えておく、そういう作業だったりします。後になって考えてみれば、特にデザインという仕事は、経営とつながっているところがあるのではないかと自分では解釈しています」 同時に、自分の視野の狭さにも気付かされたという。「どこまで行ってもクリエイターは井の中の蛙というか、そんなことを実感したのが会社を立ち上げる2009年です。知らなかったことばかりでした。大学もBORDERLESSと進めているようですが、音楽と美術とデザインをBORDERLESSにしてもそれだけで終わらないはず。その外側のほうがすごく広くて、そこをBORDERLESSにしていかないと、と思いますよ」 外の世界を知ることが、クリエイティビティに大きく影響するという。
政府が進める「働き方改革」に、最もそぐわない業界の一つが広告業界ではないかと思う。ほかにも、マスメディアの不透明性やアナログからデジタルへの変遷など、広告業界には多くの解決すべき課題がある。「いろいろな経営課題がありますが、長時間労働に関しては、もしかすると1番大事な課題ではないかと認識しています。就活情報サイトなどでも『広告業界は仕事が深夜まで及ぶことがある』なんて説明されています。世間からも厳しい目で見られるようになってきていて、仕事のやり方を変えていく必要があると思っています。実際に会社でいろいろなことをやってみていますが、正直、結果が出るのはこれからです。でも、今、働いている社員達は、僕が若かった頃よりも、皆賢いです。猪突猛進でやってはいるけど、世の中が変化していることを感じ取っています。広告の在り方も変わってきていて、これから先のことはやっぱり不透明です。しっかり見えているものがあるならそこへ皆で向かうんだけど、選んでいけるほど先見の明がないので、様々なことにチャレンジしています。今年のスローガンは『やってみよう』にしました。裏を返せば、何をやっていいのかわからないから『やってみよう』なんですけどね」 模索しながら進む。
これから広告業界で働いてみたいという学生に対して望むことを伺うと、「意思を伝えられること」と応えてくれた。「意思を効果的に、社会、同僚、会社に発信できる人。企業がやりたいことを人に伝えるのが僕らの仕事なので当然なんですけど、自分のやりたいことを伝えられることですね。誤解しないで欲しいのは、饒舌であることとは違います。お客さんのいうことを素直に吸収して、咀嚼して、そのままを効果的に伝えられることです。どこの会社もコミュ力のある人といいますが、それよりももっと踏み込んで自分の意思を伝えられることですね。自分の意思を、世の中にできるだけいい形で送り出すこと、そこが大事じゃないかと思います」
広告の仕事は「夢見がちな商売」と説明してくれた。過日のように夢見がちなだけでは成り立たなくなった今に、誠実に向き合っている姿が印象に残った。