特集

44号(2018年7月発行)掲載

特集 ダンスパフォーマンスコース

 本学では、2019年度から音楽領域に新たなコース、「ダンスパフォーマンスコース」を設置します。小中学校の必修科目にヒップホップダンスが取り入れられたことが大きな話題となりましたが、このほかにもインターネット動画の「踊ってみた」や全国の都市で行われている「よさこい」など、以前にも増して“踊ること”の魅力と楽しさが広がっているように見受けられます。ダンスは、コンサートやミュージカル、セレモニー、イベントなど、さまざまな場所で用いられ、シーンを彩る重要な表現手段になってきています。「ダンスパフォーマンスコース」では、あらゆるシーンでマルチに活躍することのできるプロダンサーの育成を目指します。今回の特集では、この新しい「ダンスパフォーマンスコース」をご紹介します。            

見る人を楽しませるダンスを

音楽領域 ミュージカルコース
エンターテインメントディレクション&アートマネジメントコース教授

森泉博行

マルチな能力を身につける

 仕事をするにあたって、いろいろなダンスができるということは非常に大事なことです。入り口はヒップホップでもジャズダンスでも構わないのですが、ダンスを仕事とするならば、一つの種類しか踊ることができないのではなかなか仕事の幅が広がりません。そこで、本コースでは、ジャズ、そして学年が上がっていくにつれてタップ、コンテンポラリーなどを修得し、卒業するまでにはさまざまな種類のダンスを踊れるようにします。これが、一つ目の目標です。
 さらに、従来、ダンサーというのは踊れればいいというものだったのですが、最近では需要が変わってきています。ダンサーでありながら、歌うことやお芝居ができる、というような要素が求められています。その人の個性としてダンスにもうひとつ加わると、コンサート、イベント、娯楽番組といったものだけではなく、ミュージカルの世界まで仕事の幅が広がっていきます。このコースでは、マルチな能力を持ったダンサーを育てるということも目標になります。

スペシャリストになれる道も

 これはそう簡単にはいかないと思いますが、最初の2年間でさまざまなダンスをやります。その中で、若い方たちの中には奇跡的な能力を持つ方、また驚くべき努力を積み重ねる方がいます。そうした方たちは、何万人もの中の一人といった存在かもしれませんが、ダンスのスペシャリストとして日本だけではなく広く世界で活躍できる、そういう可能性のある方です。そうした方が、必ず若い方の中にはいます。もしも、そうした学生が出て来たならば、やはり超一流のスペシャリストに育て上げる。そういうスペシャリストを育てるための環境も整えています。若い間は、どういうふうに才能が弾けるかわかりません。ですので、教員らが目を凝らしながら、そういう可能性を見つけたいと考えています。

複合的なカリキュラム

 あらゆるダンスの基本となる、バレエを基にしてヒップホップ、ジャズ、この二つからまずはスタートします。そのほかマルチな能力を磨くために、ポップスを歌うヴォーカルの授業、演技を学ぶアクティングの授業、現在の2.5次元ミュージカルで必要な剣を使うようなアクションの授業、おそらく4年間でエンターテインメント、あるいはショービジネスの世界で必要な要素はすべて身につける、そういうカリキュラムになっています。さらに、仕事をするにあたって必要になるのは英語です。高校や中学の英語とは違って、仕事をする上で必要な、ダンサーとして海外で仕事をするために必要な英語です。ダンス用語、舞台に立つにあたって必要な英語教育を行います。また、ダンスでは、音楽の理解も大切です。音楽の歴史的背景や曲構成を理解するための音楽理論も学んでいただきます。

見た人がハッピーになるダンス

 ダンスというのは大変魅力的なものです。踊っていると達成感があり、上手下手、できるできないといったことを別にして、踊っている人自身がある種の興奮と達成感とハッピーな気持ちを感じるものです。ですが、ダンスコースで目指すのはそういうダンスではありません。踊っている方が楽しいダンスではなく、見ている方たちがハッピーになるダンス。見ている方たちが、見て良かった、また見に来たいと思う、そのようなダンスです。そういうダンスを皆さんで作り出していただきたいと思っています。私たちが目指すものは、観客がいて成り立つショービジネスです。あらゆるパフォーマンスは観客のためにあります。観客を楽しませるということには、自己を磨き鍛錬するというつらい部分もあります。でもそれを乗り越えることが、感動を生み観客を楽しませることになります。私たちは、その精神を忘れないように取り組んでいただきたいと思います。
(※6/9 オープンキャンパスにて)

あらゆるジャンルに対応 できるマルチなダンサーへ
ヒップホップ ジャズダンス クラシックバレエ コンテンポラリーダンス
歌唱 演技 ダンスのための音楽知識 実践的な英語

ダンサーとしての演技力、さまざまな舞台に立つパフォーマーとしての表現力を身につけます

●業界に通用するさまざまなジャンルのダンスについて幅広く学びます。
●ヴォーカル、アクティングを始め、エンターテインメント全般について学びます。
●他コースとの連携により、ダンスに関わるさまざまな分野で活躍できる人材を育成します。
●ボーダレスな学びにより、現代社会で求められている高いコミュニケーション力や幅広いスキルを身につけます。
●必要なスキルを修得し、プロのダンサーだけでなく一般企業への就職も可能です。

ダンス業界で活躍する現役ダンサーによる指導

古賀明美

振付師・ダンサー/名倉ジャズダンススタジオ・カンパニーメンバー
クラシックバレエ、モダンダンスからジャズまで、幅広いジャンルのダンスをマスター。数多くのダンス公演、コンサート、ミュージカル、テレビ番組などに出演。

ダンスで芸術表現を行う基礎を実践的に学び歴史やその背景を学びながら必要なリズム感を体得

音楽表現実技Ⅰ〜II (1・2年次)

あらゆるダンスの基礎となるバレエレッスンは“ダンサーの身体”を作り上げるうえでとても重要なものです。このレッスンで基礎力を養うことで、様々なジャンルのダンスに対応出来るようになります。ジャズダンスでは基本的なステップから始め、コンビネーションへと進みます。このレッスンでは“ダンサーの身体”を作り上げると共に様々なダンステクニックを学ぶことになります。

ダンス実技ⅠからⅣ (1から4年次)

ジャズ
ジャズダンスはミュージカル(ステージ及び映画)、コンサートの中心となるものです。ジェローム・ロビンズのパーフェクトバランスを目指すダンスからボブ・フォッシーのオフバランスまで、ジャズダンスの全てを学びます。

ヒップホップ
ヒップホップは70年代に登場した新しいダンスで、ラップ、DJ、ブレイクダンス、グラフィティーなどと呼応しています。ここではそうした要素を学ぶと共にヒップホップの基礎的なテクニックを学びます。その後にソロとルーティンのコンビネーションへと進んで行きます。

名古屋芸大が目指すボーダレス化の音楽版

教務学生主任 准教授
長江和哉

音楽領域主任 教授
依田嘉明

音楽領域主任補佐 准教授
伊藤(杉田)孝子

ダンスコースが設置される背景には、どんなことがあるのでしょうか?

依田:いろんなコースが本学の音楽領域の中にありまして、音楽総合コースも含めると全部で10コースあります。その中で、身体を使った表現というものを考えてみると、ミュージカルコースしかありませんでした。身体表現という、芸術の要素として非常に高い分野としてあるわけですが、本学ではその部分はミュージカルコースだけなのです。一方で、最近では小中学校の授業でも、「現代的なリズムのダンス」としてヒップホップダンスが取り入れられています。でも、現在の大学では、そうした身体表現を学ぶことのできる専攻がほとんどありません。義務教育、あるいは高校のクラブ活動で行われてきたダンスをさらに深めて学びたい、そうした需要があるだろうと考えました。欧州では、音楽の専門学校、パリのコンセルヴァトワールというようなところでは、舞踊のコースがあります。しかし、日本ではそのようなコースを設けているところは非常に限られています。日本の音楽大学、芸術大学ではまだ、欧州で当たり前のものがないのが現状なのです。

欧州の場合、クラシックバレエとつながっているといえますが、ダンス全般を学ぶことができるのでしょうか?

依田:クラシックの中ではバレエになりますが、舞踊といいますと、現代舞踏もありますし、先に小学校で取り入れられていると説明しましたヒップホップもあります。表現としてはさまざまなものがあります。まだ、カリキュラムを作っている最中ではありますが、さまざまな身体表現をやっていける、ヒップホップやバレエといったダンスのカテゴリーに捕らわれない、さまざまなダンスを学ぶことができるコースになると思います。
長江:ウィーン国立音楽大学も、ウィーン音楽演劇大学というのが正式名称で、音楽だけではなく演劇・舞踊などの舞台芸術も含まれています。ダンスを学ぶことのできる環境が整うことで、やっと世界と同じ形になっていけるのではないかと思います。

設置に向けて動き出したのはいつ頃からでしょうか?

依田:竹本学長が主導で、3年ほど前から動いていました。
長江:現代舞踏の部分をいろいろと調べられて、どういうふうにそれらを組み合わせられるのかの可能性ですね。
伊藤:名古屋芸術大学は、そのポテンシャルを持っていたと思います。クラシックが主体となってやってきましたが、5年ほど前から音楽の応用ということで、サウンドメディア、音楽療法、音楽ビジネスというコースができました。演奏家という部分だけではなく、音楽に関する演奏以外の部分ですね。音楽というものは、身体性、演技性などを含めて、総合芸術ではないかと思います。ですが、真正面からそれらを大学で専門教育ということで教えることはこれまでありませんでした。名古屋芸大では、割合早くから、演奏以外の部分にも取り組み、そうしたことに取り組んでいるという土壌がありました。そこで徐々に専門が加えられていきました。声優コースも、音楽大学にはあまりありませんね。声優コースに入って来てくれる高校生も音楽をやっていない子たち、演劇部の子が多いんです。音楽領域のコースに、音楽をやってきていない学生が入ってくる。でも、それこそが名古屋芸大が目指すボーダレス化の音楽版であると思っています。そこで、音とかリズムとか身体性というものは一体何なのかということを融合的に考える。ほかの分野、例えば美術・デザイン領域のある西キャンパスの学生とつながることができる機会も増えますし、また、クラシックの演奏家とのコラボレーションということでも世界が広がります。音楽と身体表現、さらにほかのジャンルのアートと関連することで、非常に奥深いものがあるであろうと想像しています。現在、ヒップホップダンスをやっている中学生や高校生がたくさんいます。ヒップホップから入って、踊りが好き、身体表現が好き、でも専門的にどうしたらいいかわからない。これではヒップホップを踊り続けるしかありません。そうではなく、身体表現というものにはものすごく可能性があるんだと、大学という場所であればできるのではないかと考えます。入り口は、ヒップホップを好きな人が入って来て、でも出口はもっともっと広いよと! そういうところにしたいと思います。
長江:どのコースもそれが全部つながっていて、それが芸術でありアートであり、自分で考えて表現し、それを人が観たり聴いたりして心が動くかどうかというところですね。それはどんなジャンルも同じことではないかと思っています。いろんな領域のアートがつながることで、新たな可能性が見えてくること、高い次元に発展することを期待しています。

新任講師に訊く
チャレンジして欲しいです

森泉博行教授

音楽領域 ミュージカルコース
エンターテインメントディレクション&アートマネジメントコース

古賀明美准教授

ダンスの基礎はバレエ

ミュージカルコースとダンスコースにはどんな違いが?

森泉:おそらくバランスの問題だと思います。ダンスコースはやはりダンスがメインになります。それに付随するものとして、演技や歌がある。ところが、ミュージカルコースの場合には、この三つのバランスが均等だと思うんですよね。そこがちょっと違うと思います。ミュージカルというのはあまりヒップホップを使わないんです。ミュージカルの基本はジャズダンスです。ところがヒップホップ人口がこれだけ増えていますので、そこを吸収していくためにはやはりミュージカルだけでは無理があります。それでダンスコースを設けることになりました。

ダンスというものは、もっと幅が広いものですよね? そういうところに向かっているのかなと感じていますがいかがでしょう?

古賀:基本どんなダンスであっても、やはりバレエが基本となっています。そこからジャズダンスやいろんなダンスがあるのですが、ヒップホップだけはちょっと別の成り立ちなんです。ストリートで踊れる、誰でも踊れる、それが利点でこれだけ人口が増えています。バレエやジャズダンス、そのほかのダンスのように基礎から身体を作っていかなければいけないようなダンスとはまた一つ違ったものでもあります。ただ、これだけ広まって人口が増えている中では、ヒップホップだけというのでは活動の枠が限られてきてしまいます。ダンスを仕事として捉えたとき、さまざまなジャンルを踊れることが現在すごく求められています。

何でも踊ることができる、それが求められている?

古賀:踊れた方が良い、でしょうか。ヒップホップダンサーもいろいろいらっしゃいますが、ちゃんと基礎のできている人、バレエまでいかなくてもジャズダンスをやっているヒップホップダンサーの方、全く基礎をやっていないヒップホップだけの方とは、どうしてもやはり違いが出てきます。仕事で求められたり、コンクールや大会で上位に行くためには、ある程度のヒップホップ以外のことも学んでいる方のほうが結果が良いです。

勇気を持って臨むことのできる基礎を作る

ミュージカルコースはショービジネスを強く意識していますが、ダンスコースも同じように?

森泉:そうなんです。言ってしまえば、ほとんど職業訓練のようなものです。ダンスコースを卒業しました、卒業した後コンビニでバイトです、みたいなことではなんのためにやって来たのかわかりませんから。大学ですので勉学ですが、職業訓練コースのつもりでやらないと、ダンスはダメだと思っています。
古賀:おそらく学生一人一人、違いますが、大学の間にできるだけベースを作ってあげる。ここで学んだから全員がダンサーになれるというものではありません。しかし、どこへ行っても、どんなオーディションでも迷いなく受けることができる、勇気を持って臨める、そうした基礎を作ってあげたいと考えています。経験していないことを要求されると、どうしても無理かなと弱気になってしまいます。そういうことがないように、どんなことでもある程度はやれると、そういう基礎と自信を作ることができようにと考えています。

もっと上を目指して欲しい

お二人とも業界のことにお詳しいと思いますが、ダンサー需要の高まりを感じますか?

森泉:僕は、足りていないと感じますね。とにかくヒップホップダンサーはたくさんいますが、このコースで目指しているようなマルチなダンサーというのはいないですね。作品を作ることのできるダンサーはやっぱり足りないのが現状だと思います。
古賀:どうでしょうね。ダンス人口はすごくいるんですけど、しっかりしたものをやろうとしていない。そんなことよりも手軽に踊れることの方を選んでしまっている。だからこそダンサー人口が増えてきてはいるんですけども仕事としてつながらない、プロダンサーの域に達していないように感じます。
森泉:たぶんヒップホップというのは、本人がやって、それで満足してしまうものなんじゃないかと思います。ジャズダンスでは、できたと思うことが少ないじゃないですか。
古賀:そうですね。ヒップホップの場合、目に見えてダメなテクニックというものがあまりないんですよ。自分が踊ってみて、私、ダメだったと自己嫌悪になるようなことがないですね。ジャズやバレエなんかは、明らかにもっと練習しなきゃできないっていう、やっぱり高いところがあります。それがヒップホップの場合には、あまり劣等感を抱かなくても踊れてしまうところがありますね。やってて楽しい、だけで終わってしまう。身体を動かすのが好き、踊るのが楽しい、そこが入り口で、そこから一つできるようになって嬉しい、単純なことですがその繰り返しだと思います。それで衣装を着て舞台に出ました、もっと楽しい。そうして、もっともっと上を目指していく。そうなって欲しいですね。

ミュージカルコースでは、定期公演など発表の場が多く設けられていますが、どうなるのですか?

古賀:定期公演ですね。
森泉:年に何回か計画しています。ダンスはスタジオでレッスンをしているだけでは意味がありませんので、やっぱり成果を見ていただいて、それをまた反映させるということが大事です。今のところ考えているのは学内で年に何回か、1年のまとめとして学外での公演を考えています。なるべくたくさんの方に見ていただこうと計画しています。

短所を長所に、それがその人の個性に

今回、体験レッスンを見せていただきましたが、中には身体の硬そうな子がいましたね。

古賀:たぶん、ストレッチなんかはあまりやっていないと思いました。でも、そういう方もそこからしっかりとやっていきますので安心してください(笑)。じつは私も、すごく身体が硬くて、ダンサーとしては珍しいほどなんです。それを逆に、表現でカバーしようとずっと研究しながらやってきました。ですから、硬い人の気持ちはよくわかります。身体の柔らかい人では、硬い人にどう教えていいのかわからないと思いますよ。
森泉:今の古賀先生の話はとても重要ですね。中には背の低い、それを何とか踊っているときに大きく見せようという工夫をしている方であるとか、それぞれ個性や特徴を持っていますが、それを乗り越える。工夫して短所を長所にするというんでしょうか、それがダンサーたちのすごいところですね。そういう精神をぜひ学生に伝えていきたいと思います。それを克服できた方というのが、ダンサーとして上のレベルに上がっていきます。
古賀:いかに手足を長く見せるかというのもそれもテクニックです。悪い言葉でいえば、ごまかしですけど、できないことを何とか上手く見せる。そう見せるための工夫が必要なわけですから、それもテクニックなんですよね。それがとても大事です。

必ず、踊れるようになる!

-どんな学生に来て欲しいですか?

古賀:どんな子に来て欲しいというものはないです。ウェルカムです! できない人大歓迎です! ただ、どん欲に、何にでもチャレンジできる人、チャレンジして欲しいですね。やる気のある人なら、必ず、踊れるようになります。思ったようにできないとか、そんなことばかりですからねダンスっていうのは。やりたいな、踊りたいな、踊りが好きな人がダンサーですから、気持ちさえあればウェルカムです!

それから、ダンスコースから入って、自分はダンサーは無理かもと思ったとき、ショービジネスの世界に関わっていくことができる授業も用意されていますよね。

森泉:そこもとても大事なところです。もちろん、第一目標は全員ダンサーとしてやっていただくんですけどそれがかなわない場合、コンサート、ミュージカルの周辺には、できる仕事がたくさんあります。エンターテインメントディレクション&アートマネジメントコースの授業も取れるようにしてあります。舞台に立たない場合は、舞台を支える側に回れるという体勢もとっています。実際のスタッフでも、ダンスを理解するというスタッフはじつはそう多くはないんです。でも、これは本当に必要で、ダンスコースで学んで、舞台を支える側になったという人が出てくれば、これは非常に貴重な人材になります。大学である以上は、しっかりとそうしたことまで考えてやっていきたいと思っています。