吹奏楽に魅せられて
夏休み明けの高校。まだ暑さが残る湿った空気の中、校内をランニングするのは何部だろうか……。正門から入ったばかりのところではチアリーディング部が慎重に振り付けの確認をしている。残暑をものともしない高校生たちの姿が清々しい。館内を案内してもらい、吹奏楽部の練習を少しだけ見せていただいた。さすが県大会で金賞受賞のバンドである。音もしっかり出ているし、取り組む姿も真剣そのもの。かといって厳しいだけの一辺倒ではなく、ふっと出るユーモアに笑みがこぼれる。指導者との信頼関係もしっかりしているようだ。前に立ち、テキパキと指示を出すのが今回の主役、片桐健輔さん。一宮市消防音楽隊に籍を置きながら、高校、刈谷市の市民バンド、自身の金管五重奏と八面六臂の大活躍。お仕事のすべてが、まさに吹奏楽。吹奏楽人生について伺った。
「通っていた小学校にマーチングバンドがあって、コンクールで入賞するような学校だったんです。4年生からバンドに入れるというんですが、入学したときからやってみたいなと思ってました」 初めての楽器はユーフォニアムを選択した。「おいしいところを持ってくんですよね。メロディーも吹く、オブリガート、対旋律っていうんですかね、全部いいところを持っていく。カッコいい楽器があるぞって感じです」 幼い頃からピアノも習っていたそうで、音楽が好きでよく理解していたことを窺わせる。そこから2年間はユーフォニアムを吹いていたが、そこからチューバへと転向する。「じつは、僕、小学生の頃すごく肥ってまして、先生に『片桐君、背も(横も)大きくなってきたし、でっかい楽器に行こうか』と誘われて、いわれるがまま小6からチューバへ変わりました(笑)」 マーチングバンドのリーダーを務め大会にも出場するなど、現在へつながる活動はこのときから始まっている。
中学に入っても、もちろん吹奏楽部へ。今度は、サックスを希望した。「マーチングバンドだったので伴奏だけでも楽しかったんですが、中学では座って伴奏だけですよね。それだけではつまらないと思いサックスを希望したんです、チューバはもうやめだと。ところが、中学の顧問の先生が、僕が小学校のときからチューバを吹いていたことを知っていて『片桐君、チューバだったら1年生から大会に出られるよ〜』みたいな甘い誘惑がありまして、ハイ、やりますと結局チューバです」 そこからは伴奏の面白さ、旋律を歌わせる面白さを感じるようになったという。音楽全体を支える低音パートの魅力に気が付き、ますます吹奏楽にのめり込んでいった。
高校も当然、吹奏楽部。今度は、迷わずチューバ。ただし、楽器に問題があった。「県立高校だったのですが予算が少なく、楽器があまりよくなかったんです。チューバもバットで殴ったのかというくらいへこんだのしかなくて……。そのときに、高校の先生が『君は吹けているから、楽器を買ったら』と勧めて下さったんです。たぶんその楽器ではこれ以上上手くなれないから、いい楽器を使いなさいと」 高校時代には、漠然と音楽の道に進みたいと思っていたが、プロの演奏家になることが自分にできるか、吹奏楽の指導者となるにはどうすればいいか、学校の先生になるのがいいのか、どう進んでいいのかわからずに、もやもやとした心でいたという。そんなときに声をかけてくれたのも高校時代の顧問の先生だった。「片桐は、将来、どんなことがやりたいんだ。大学とかではなく、何をやりたいんだと聞いてくれたんです」 吹奏楽を指導するようなことをやりたいと伝えた。高校の顧問には、音大に進学するため先生を紹介してもらい、その縁あって本学で教える柏田良典氏のレッスンを受けることになったという。
学生時代は、チューバを研鑽する傍ら、吹奏楽の指導への関心も一層強まった。「1年生のときに『吹奏楽指導研究』という授業があって履修しましたが、そこで小野川昭博先生(大阪音楽大学講師、昨年まで本学講師)に教わりまして、めちゃくちゃカッコいい人と思ったんです。自分は合奏に参加しつつ、スコアを用意して小野川先生の指揮の振り方だとか教え方を自分で勉強しましたね」 少しでも小野川氏の近くにいたいと考え、送迎を買って出た。毎週、西春駅から学校までの間をマイカーで送り迎えしたという。懇意になり、学校のこと演奏のことはもちろん、さまざまなことに助言を仰いだという。来年度から始まる、ウィンドアカデミーコースには、指揮や吹奏楽指導も含まれているが、心底、羨ましいと語る。「オーケストラで振られている高谷光信先生の指揮法の授業も履修し、授業が空いていれば指揮法の授業に遊びに行ったりして高谷先生にもいろいろ教えていただきました。小野川先生は子供たちと接する現場の吹奏楽、高谷先生はプロを相手にした振り方、全然違う指揮者二人で、どちらもすごく勉強になりました」 目的を持ち、貪欲に学んだ学生時代だった。
「自分が指導する立場になってみると、生徒がぐんと成長するタイミングというのがあるんです。コンクールの時期もそうですが、それぞれが頭をフル回転させてやっているんだと思います。そこでぐんと伸びるんです。それを見るのが本当に楽しいですよね」 高校の吹奏楽では演ずるのは高校生たちだが、やはり自分も前に立ち彼らと一緒に音楽を作っている感覚があるという。音楽を作り出すことの魅力こそが、吹奏楽の魅力ではないかと話す。「吹奏楽のサウンドにはゴールがないんですよね。高校の全国大会でもそうですし、プロの吹奏楽団が増えてきていろいろなバンドが本当にいろいろな音を出すのですが、これが絶対というものじゃありません。追及していっても答えがないんです。サウンドは、まだまだ変わっていくと思います。しかも、吹奏楽にはクラシックもあればポップスもありロックもあり、演奏する音楽も多種多様です。やれることもやりたいことも、たくさんある。ゴールが見えないところがめちゃくちゃ面白いですね」 ますます吹奏楽の魅力に魅せられていることは、間違いなさそうだ。