特集

47号(2019年4月発行)掲載

特別鼎談
特別鼎談

クリエイティブ職だけじゃない! 芸大生のキャリアは多様に拡がる

 音楽領域で勉強して演奏家になる、美術領域で絵を描き画家になる、こうした思いを胸に本学に入った学生も多いはず。でも、実際にはそうならないのが人生の常。本人の努力や能力の問題だけでなく、個人を取り巻く環境や社会情勢、経済状況の影響を受け、多くの学生が志望とはすこし異なった道を歩んでいるのが実情です。こうした学生を支える仕組みが2019年度から本格的に動き出します。学生自身のサポートに加え、社会の要求に応えられるものを目指します。芸大に行ったのに就職するのはおかしいとか、芸大なんかにいって将来どうするのとか、そんな声はちょっと横に置いておいて、芸大だから身につけられること、芸大生のキャリアデザインについて、キーパーソン3人に語っていただきました。

名古屋芸術大学 学長竹本義明

 武蔵野音楽大学卒業後、名古屋フィルハーモニー交響楽団入団。1989年から名古屋芸術大学に勤務。大学からの海外派遣研究員として、英国王立音楽大学で古楽器をM・レアード教授に学ぶ。名フィルがプロ・オーケストラとなる時期に所属し、演奏に加えオーケストラの運営にも携わる。その経験を生かし、音楽マネジメント、公共ホールのマネジメントなどを行う。武豊町民会館館長。著作に『実践アートマネジメント〜地域公共ホールの活用術』がある

特別客員教授大内 孝夫

 慶応義塾大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。いわき支店長などを経て、2013年より武蔵野音楽大学にてキャリア指導と会計学の授業を担当。ピティナ正会員、ドラッカー学会会員。著作に『「音大卒」は武器になる』、『「音大卒」の戦い方』、『そうだ!音楽教室に行こう』など多数。

キャリアセンター長/人間発達学部 教授中川 直毅

 青山学院大学大学院法学研究科修了。複数の上場企業等で人事部長、法務室長、人事総務部長を歴任。専門は、労働法、経営人事論。TRAD社会保険労務士法人顧問、安村公認会計士事務所顧問、一般社団法人洛陽労働法務キャリア支援機構代表理事・理事長。著作に『要説 キャリアとワークルール』がある

『思い』がすこし弱いように感じる

中川:本日は、学長、大内先生を迎えて、キャリアを中心に、学生の皆さんのプラスになること、保護者の皆さんのプラスになることを伺いたいと思います。
 学長は、トランペット奏者としてキャリアが始まり、名フィルに入団、その中で楽団の運営にも携わり、音楽やホールのマネジメントへと活動領域が拡がっていったと伺っています。大内先生は、もともとメガバンクの支店長もされていました。どんな経緯があったんですか?
大内:大学卒業と同時に銀行に入って、30年間勤めました。銀行員の場合、50代前半になると、銀行の関係会社や取引先の企業へ出向するケースがほとんどです。私の場合はあまり銀行を引きずっていたくないと思っていたところ、たまたま武蔵野音楽大学で募集があると伺いチャレンジしました。私は音楽が大好きで、銀行の人事部の記録には、そういう話が来た時のために「趣味」という項目があって、そこにフルート、ピアノ、合唱みたいなことを書いていました。そのため、音楽大学への話につながったんだと思います。
 じつは高校時代、出身中学のブラスバンド部を指導している中で音楽大学に行きたいと思った時期がありました。その頃は音楽に夢中で、指揮者になりたいと思ったんです。高校2年でそのための勉強をし始めました。ところが周りからは、『お前、やめろ』と(笑)。才能がない、ソルフェージュ(楽譜を読んでそれを音にイメージし実際に演奏すること)ができない、これでは指揮者どころか音楽家になるのはとても無理だと。そういう意味では音楽の厳しさみたいなものは、その頃から知っていた気がします。私ができないことをできる音大生ってすごいな、という目で見始めたのが最初ですね。
中川:キャリアとしては、学長も大内先生も、その時々の縁と運が重なって、そこで軌道修正というか、大きな意味では目標に到達しているような感じですね。
大内:いえ、全然ですね。逆に全部かなわなかったです。
中川:でも、音楽大学にお勤めになるということでかなっていますよね。
大内:学生時代とはまったく別な形ですが(笑)。それは確かに。
中川:僕は、若いころ高校の教員になりたかったんです。でも、いろいろな誘惑に負けて民間企業へ行きました。法務部や人事部で能力開発という社会人教育などをやっていて、やっているうちに大学に勤めることになったわけですから、ある意味かなったかなと。思いがどこかにあって、それを意識していると、いつかは何かに重なるように思いますね。学生の皆さんも、何かになりたいと的を絞り過ぎるのもどうかと思いますが、思い続けるということはいいことかもしれませんね。
学長:最近の学生というのは、『思い』がすこし弱いように感じます。楽器をやったり、歌を歌ったり、昔でしたらそれを生かしてプロを志したものです。演奏家になれるなれないは別にして、そういう『思い』が強くて、学生時代一生懸命頑張ったものです。そういう姿を見て周りの同級生や後輩があこがれる時代でした。今は逆ですね。すぐに結果が出ないようなことをなぜ一生懸命やるのかわからない、そんな雰囲気があるように思います。
中川:『思い』の部分が強いようなイメージもありますが、実際には弱いのかもしれませんね。
 2011年、大学の設置基準にキャリア教育というのが入ったわけですが、各大学で行われているキャリア教育というのはバラバラで、決まったフォーマットのようなものはありませんね。
大内:そうですね。
中川:学長がおっしゃったような部分を補強する、あるいはサポートして応援するようなカリキュラムも、あるようでないですね。キャリアデザインというものがあったとしても、『思い』を強くするようなものではないし、自分に何が向いているか考えるようなものでも、細か過ぎてわからなくなってしまうように思います。

女性が仕事を持つことで変わってきた

中川:教育というシステムだけじゃなく、芸術大学は教員と学生の距離が一般大学にくらべ近いですね。教員や先輩などとのいろいろな接触が学長のおっしゃる『思い』につながっていくのか、そのあたり、何かお考えになることはありますか?
学長:自分の学生時代を思い返すと、少人数教育ですよね。一対一で教員と接する。そこから得るものは大きいですね。
 もともと音楽大学で演奏家を目指す人には、就職という概念がないんですよね。ピアノをやっても、歌をやっても、就職するという概念がないわけです。唯一、就職というと、教員になることでした。今でこそ芸大生も就職しなきゃといいますが、自分の時代は、就職するんだったら教員になりなさいと。当時、オーケストラは、給料なんてあってないようなものでしたから。
中川:そういえば、オーケストラをやっている方々も、高校などの非常勤講師をやりながら生計を立てていると聞いたことがあります。私は企業の人事部で採用をやっていましたが、音楽学部のイメージはあまり湧いてこないんです。美術学部とデザイン学部の人は、製造業でも製薬業でもそういう人材を求める部分があります。
学長:確かに環境の変化はありますね。思っているだけでは駄目で、『思い』に対し、いろいろな変化があると思うので、それに対応してその都度調整する、そういう能力が必要になってきていますね。
大内:中川先生がおっしゃったように、たぶん学長が学生だったころと、今の時代は全く違うのではないかと思います。何が違うかというと、音楽大学の場合、学生の8割から9割が女性です。従来、彼女たちの卒業後の進路は、家事手伝いを経て結婚するか、就職した場合でも2、3年で寿退社し、専業主婦になるのが一般的でした。そのため1990年のデータでは、30歳までに9割近くの女性が結婚していました。それが現在は約5割。しかも結婚後も働くのが普通のことになっています。
 「女性活躍推進」というのは、言葉の響きはいいのですが、同時に男性の没落を意味します。というのも経済のパイがバブル崩壊後、それほど変わらない中で女性が進出していますから、従来のポストからはじき出される男性も多くなりました。そのため将来への経済的不安から、正社員女性との結婚を望む人が多くなっています。離婚も増え、いや応なく自立を迫られることも。音楽大学に限らず、社会はこのような変化を意識する必要があると思います。

学生の気持ちをサポートするような取り組み

中川:環境が変わってきていることはよくわかりました。大内先生の著書には、楽器ごとの演奏者の個性みたいなことが書かれてますが、あれが大変面白い。どんな意識で書かれたのですか?
大内:私が音楽大学に来て感じたことなんですが、声楽の人は、自己表現力やセンスに秀でていますし、木管楽器は細やかな気配りができる学生が多いなと思います。トランペットなどの金管楽器ですと、朗らかで前に出ていくタイプ。それぞれに良さがあります。人間、弱みを克服することは難しく、強みを生かすほうがいいと思います。ただ、強みは、自分ではなかなか気が付かないもの。ですから、できるだけ気が付けるようアドバイスすることを心掛けています。自分はどうなんだろう、何が強みなんだろう、どう生かせばいんだろうと考えるところに、豊かなキャリア形成のヒントがあるのではないでしょうか。
中川:今、学長と大内先生の話を聞いて、2つのことがあると思います。一つは、何かがしたい、これがやりたいという『思い』がぴったりとかなわない人がいます。芸術大学には、これがやりたいと思って来ているわけですが、ぴったりのところへいけず、卒業後は、専門以外の仕事に就いている。そういう部分を考えた場合、パラレルキャリア的な、本業もありながら社会貢献活動として学んだことを生かす、そういう生き方も出てきました。このことについても、すこしお伺いしてみたいです。
 もう一つはキャリアデザインですが、現在、文部科学省が進めているようなキャリアデザインは、社会とのつながりも大学でやって下さいと言っています。キャリア教育して、なお且つ、社会とのつながりも含めやっていく力を身につけさせる、そのどちらもできる教員が少ないのが世の実情かなと思っています。総合的に融合した視点で考えている人がいないのではないでしょうか。
学長:演奏家になる、あるいは美術の作家になるといった、強い思いを持っている学生は、自分の活動を第一に考えながら、生活のためにアルバイトをしたり、周辺領域の仕事をしたり、いろいろやっています。それをずっと続けている人もいれば、途中であきらめてしまう人もいます。そこで気持ちの持ち方なんですが、あきらめてしまった場合、自分がやってきたことに対して挫折感を持ってしまうことが多いです。しかし、もっとポジティブに考えて、これまでやってきたこと、創造性のある仕事をしてきたことを「自信」として捉えられれば、また違った展開があるのではないかと思います。
 キャリア教育については、先ほど中川先生がおっしゃっていた授業科目、それらはもちろん必要なんですが、それに加えて学生一人一人にあなたがやっていることは素晴らしいことなんだよ、ぜひ続けていきなさいと気持ちをサポートするような取り組みが必要なのかなという気がしています。

企業は「やり遂げ感」を見ている

中川:企業は採用の時、『やり遂げ感』というのを見ています。面接ではいろいろなことを見ますが、ポイントは2つしかなく、うちの会社が好きかどうか、もう一つが『やり遂げ感』です。一般大学の場合は、クラブやサークルの話が中心になります。その点、芸術大学はサボっていたら卒業できないわけですから、しっかりとやってきたことが話せますね。社会に求められるものが直接的に養われているのを感じます。
学長:音楽の場合ですと、レベルに応じて曲が渡され、その曲を一つ一つ仕上げて試験を受けていきますよね。しかも、そういう機会が数多くあるわけです。美術やデザインの場合ですと、作品を作って提出していくと。
 ただ、音楽と美術やデザインと違うところがあって、音楽は「いついつまでにこれを仕上げてこういう演奏会をしなさい」という時間芸術なんです。ところが、美術は空間芸術で、展覧会に出しますが、いつまでも手を加えることができる。作品として飾っていても、どこかで手を入れているかもしれませんよ(笑)
中川:なるほど。期限に対しては、専攻によって意識が全然違うんですね。
学長:音楽を学ぶ学生は、時間芸術ですから、時間を守らなければ仕事にならない。守れなかったらすぐお払い箱です。特に管楽器は1人1パートですから、いなければ全体が駄目になってしまいます。
中川:これはいいことを聞きました。ビジネスに置き換えて考えると、例えば音楽系の人が企業に入ったら、チーム力というのは絶対大丈夫ですよね。責任感が養われている。
学長:そういうのが全部入っている。管楽器だとオーケストラ、ブラスバンドがあり、音楽をやっているんですが、スポーツ系なんですよ。集団の中での自分の立ち位置もわかりますし。
中川:音楽学部の人を企業に売り込むにはどうしたらいいんだろうと思ってましたが、ここに答えがありましたね。
大内:売れる材料がいっぱいありますよ。
中川:美術やデザインについては、製造業などの企業では、デザインや美術的な能力を求められる要素がたくさんあります。ですから、本学の場合は、どちらにも対応できる。芸術には、直接的ではないかもしれませんが、間接的に対応できる力を養うことのできる部分がありますね。
大内:そうですね。美術でも音楽でも共通するところでお話しすると、事実と価値ということだと思うんです。1+1=2だよ、というのが事実教育。今までの日本はこうした事実教育が偏重されていたと思います。美術や音楽は、価値があるかないかを考える教育だと思います。AIが発展すれば、「事実」の部分はAIに任せればいい。そうではない「価値」の部分、これは人間がやらないと。その意味でこれからの時代、価値について考えることが非常に重要になってくる。美術や音楽を学ぶ意義は、かつてないほど大きくなってくると思っています。
中川:学長のおっしゃったことに、気持ちをサポートする部分というのがありました。気持ちをサポートする部分というのは、価値の話につながってくるのかなと考えました。継続的にサポートしていく、いろいろな対応をしていくということになるかと思いますが、そのあたりの本質的なところは価値のお話とつながりがありそうだなと思います。
大内:パラレルキャリアの話について、私自身の考えを言うと、ライフステージによって違うんだろうと思います。若いころは、自分のベースになるものが少ないですから、一つのことに一生懸命になることが重要です。一つのことに取り組んだことがベースになって、それが他のことにつながるのではないかと思うんですね。
 私自身、銀行員として必死に生きてきましたが、勝てないわけですよ。支店長にはなれたけど、役員にはなれない。その時にどうするかといったら、次のステージです。そこでは銀行員としてやってきたことがベースにあるので、パラレルキャリア的なこともできる。大学職員、教員、著者、みたいに。
 キャリア教育のことですが、先生たちの前でいうのは大変失礼かもしれませんが、大学の教員はキャリア教育に向きにくいと思うんです。というのも、教員は多くの場合、成功者ですから。しかし、キャリアというのは、中々上手くいかない。私の人生を振り返っても、ほとんどは失敗です。大学受験では志望校に落ちて、一浪しても合格できず、銀行に入っても同期との戦いで敗れてと。人生、たいていの勝負は負けなんです。一方、教員はごく少数の勝負に勝った人。負けた時の悔しさ、惨めさを味わった経験がない場合が多い。勝負に負けてもどう生きていくかを教えるのが、僕はキャリア教育だと思っています。

どんなキャリアでもちゃんと完遂できる

中川:キャリア教育なんですが、文科省や厚労省でいろいろなことを言っていますが、詰まるところ、文章作成と情報収集発信、状況判断と行動力、こういうことを指しているように思います。一般大学であれば、そうしたカリキュラムを組んで講座を設置しますが、芸術大学は普通のカリキュラムの中にこうした要素がたくさん含まれてます。そうした芸術を勉強することに加えて、プラスアルファになる力とはどういうものだと思われますか?
大内:今の企業は、がんじがらめなんですよね。コンプライアンスとアカウンタビリティーとガバナンスと…。ただ、イノベーションというのはいろいろなものの組み合わせで生まれて来るものです。音楽に何を組み合わせられるか、何か別の要素を上手く組み合わせることで発展できるのではないかと思います。それを教えるのもキャリア教育の重要な役割。例えば音楽に経営学を組み合わせることで音楽教室を発展させられる、音楽とイベントを作ることに長けていれば演奏家派遣業ができる。演奏家で生きていこうとすれば、トップを目指すしか生きる道はありませんが、音楽と何かを組み合わせることでほかにはない、新たな価値が生まれます。お客さんのニーズに上手く合う時には爆発的に発展する可能性もあります。
 『思い』がかなわなかった時のために必要なのがキャリア教育と言っていますが、決して就職だけではありません。演奏だけで生きていけないと思った時に次にどうするか? 何と組み合わせるか? 得意な何かを組み合わせて起業することだって選択肢のひとつです。美術と組み合わせてクラシック漫画家で成功している人もいます。
 その意味で、来年度から始まる『Worldea』の中にアントレプレナー育成が入っていることは素晴らしいなと思います。音楽や美術を起点にして、いろいろなビジネスがあり得るのではないでしょうか。そういったことに気付かせる教育ができれば、芸術教育の価値をさらに高められるのではないかと思います。
学長:今までの音楽大学の教育は、技術を取得してプロを目指すということなんですね。ところが、入学していろいろ学んで試験を行うと、自分自身の立場だとか他の人の実力というのがわかりますから、自分はこのままプロを目指していけるのかいけないのかわかるわけです。挫折感を持ち、このまま続けていっていいのかという葛藤が始まります。それでも頑張って一流になっていく人もいます。でも、ほとんどの学生は、残りの学生時代をどうやってやり過ごすか、そう思ってしまうのではないかと思います。
 この『Worldea』の場合、トップを目指すこと、海外に出ていくこと、それから専門に軸足を置きながら違った領域に興味を持って専門にプラスアルファを加えることがプログラムとしてあります。僕の同級生や後輩でも、演奏家にならず、海外の楽器店に勤めたりしている人がいます。音楽科の場合、プロになれなかったというと挫折感があって、人に言いたくない面があったりするんですよね。立派なことなんですけど・・・・・・。
大内:思い込みがあるかもしれません。3歳からピアノをやってきてピアニストになれないと、私にはピアノ以外ない、みたいな。そこをサポートするのがまさに我々の仕事だと思います。
学長:一般企業にとっても、芸大生というものはいろいろな活用方法があるはずです。それを開拓していかなければならないと思っています。ただ一番難しいことは、僕自身はやはり学生の気持ちの持ち方だと思っているんです。どこかで挫折を味わっても、それをあまり否定的にとらえず、違った要素を勉強してまた一回り大きくなって…、そうしたことを繰り返すことによってキャリアは構築されていくものですし、生きる力となっていくのだと思います。
中川:どういうキャリアでもちゃんと完遂できる。これ、大事なことですね。

多様なキャリアがあるということ、学生も教員も認識すること

中川:こういうこともありました。法学の授業を持たせてもらっていますが、法学の授業は人気がないんです(笑)。その中で、ものすごく勉強してくれる学生がいて、すごくうれしくなってほめたんです。音楽総合コースの学生さんで、ピアノで苦労しているらしいのですが、こんなにほめられたのは初めてです、と手紙をくれました。こっちが涙が出そうになりましたよ。学長のお話を伺って、その子はしんどく思っていたところがあったのかなと。そこをサポートするようなことをすればもっといいのかなと思いますね。
大内:キャリア相談室に来て突然泣き出す学生は、案外多くいるものです。多いのが、本当は就職したいのではなくピアノでやっていきたいんだとか、あるいは、就職面接を受け、音楽大学まで行ったのにどうしてうちの会社を受けようと思ったのと言われ、それに傷付いて駆け込んできたりだとか。そういう人たちに、今までやってきたことはすごいことだよと言ってあげたい。私のように音楽大学に行けなかった者からすると、本当にすごいことじゃないですか。そこは、こっちが本気ですごいなと思うことを言ってあげることで思いは通じます。それが手紙を書きたくなる気持ちの原動力なんだと思います。
中川:芸大生というのは、素直で素朴さがあるなと。授業をすごく真面目に聞いてくれるという点もありますね。一般大学よりも真面目に受講してくれますよ。
大内:それについては、就職支援会社の人が、すごく真剣に聞いてくれると驚いていましたよ。やっとそのあたりの人が気付きだしたところです。私も会計を教えてますが、みんな授業への参加意欲が旺盛です。
学長:知多半島のある市の市民会館の館長さん、女性なんですが、ご主人が本学の卒業生だったんです。サウンドメディアコースの 1期生で、今は経理関係の仕事に勤めているとおっしゃっていました。
中川:音楽ができて経理ができるんだったら、なんとでもなりそうですね。
大内:音楽だけをずっと追い求めていくと道は開けにくいのかもしれませんが、冷静に見て、そこに何を加えていけるか。それから、これまでやってきた頑張り。それまで頑張ってきたというのは、それだけで大きな実績です。それをどう上手く次のキャリアに生かしていけるかが大事です。そこに気付かせてあげることが私たちの重要な役割だと思っています。
学長:僕らが学生だったころの教員というのは、きつく上から指導する、逆らえないような指導でした。今ではなくなってきましたが、まだ、そんな面が消えたわけではないように思います。就職なんかにしても、教員たちも、私がこんなに教えたのになぜ違う道へ行くのか、そんな気持ちを持ってしまうところがあるのではないかと思います。
大内:確かに、「就職したい」と教員に言えない学生も多いです。自分では音楽でやっていけないとわかっていても、教員には怖いから言えない、というのはよく聞きます。
学長:教員の意識も変えていかないといけないですね。
中川:確かにそうですよね。学生も教員も保護者も、意識を変えていくことがとても大事なことかもしれません。それが進歩につながる。
大内:多様なキャリアがあるということを、みんなが共通して認識することが大事ですね。
中川:就職というより、やっぱりキャリアですよね。その最初の部分に大学が養分を与え、幹を作っているような感じですよね。企業も、時代に合わせてメンバーシップ雇用からジョブ雇用(終身雇用を前提としたメンバーシップ雇用に対し、職務そのものへ人を当てる雇用形態)へと変わって来ていますからね。単に、企業に就職するのではなく、自分のキャリアをどう作っていくか。その基盤となるところを大学で作っていくということですね。

 2004年、文部科学省は「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書〜児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てるために〜」の中で、キャリア教育で必要な力を「人間関係形成能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意思決定能力」の4つの領域にまとめ、さらにそれぞれの領域について2つずつの能力を示し、キャリア教育推進計画の一例として紹介しました。ところが、一例に過ぎないモデルのみが拡がり、紋切り型のキャリア教育ばかりが計画されることとなってしまいました。また、高校教育までのモデルであったため、これらが生涯を通じて育成される能力という観点が薄いものとなっていました。
 そこで、2011年に「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育のあり方について(答申)」により、「基礎的・汎用的能力」として再提示され、4領域8能力との関連があらためて示されました。こうした能力は、職業や働くことについてどのような考えを持つか、各人が役割を果たしつつどのような職業に就きどのような人生、職業生活を送るのか、ということに深くかかわっています。こうした意味において、自らの勤労観・職業観の形成・確立を図ることは極めて重要である、としています。
 これらを踏まえ、本学では芸術大学としてのカリキュラムを加味、また、大学教育の国際化に対応し、2019年度より新たなる教育改革の取り組みとして「Worldeaプロジェクト」を実施いたします。