福祉とデザイン
お話を伺ったのは、八事駅前にあるおしゃれなカフェ。一見、普通のおしゃれなカフェなのだが、それだけでなく、発達障害者、仕事や生活にストレスを感じている人、どこに自分の居場所を求めたらいいのかわからないといった悩みを持つ人に対して、情報を発信したり、就労の相談に乗ったり、また問題を抱える人々の交流の場でもあるカフェなのである。松永さんは、週2回、このカフェに支援員として携わっている。デザインと発達障害サポート。 無関係なようで、とても関係の深いものだった。
「大学に入るとき、別の大学のデザイン学部と迷っていたんです。でもライフスタイルデザインコースについて先生のお話を聞いているうちに、ものを創るということ以外に、考えを深めるということでもいいんだ、それを許してくれるコースなんだとわかり、すごく可能性を感じました。クリエーターになる道だけじゃないんだと思って選択しました」 松永家は、家族がそれぞれ自分の事業を興しているという、ちょっと特殊な一家だと教えてくれた。自分からテーマを見つけ社会に発信していくことに対して、土壌があったと分析する。ご自身も、高校時代からアトリエに通いデッサンなどを始めていたが、そうしたなかで、ものを創っていくことにあまり向いていないと感じていたという。「学生時代、とにかく手が遅くて、課題に対してアウトプットするのに、コースのなかでも断然遅い方でした。苦しかったですね」。入学するときからものを創るということよりも考えること、その方向へと指向は向いていた。
「今の仕事につながってくるんですが、中学時代に私も不適応を起こして、学校を休みがちだったんです。学校へ行けなくなった時期がありました」。 いわゆる不登校。朝になると学校へ行けなくなる。学校で嫌な思いをしたわけでもなく、自身でも理由がわからないまま、学校へいけなくなる。
松永さんによれば、感性の豊かな人は教室の狭さや人との距離の近さで拒絶反応を引き起こすことがあるそうで、芸術大学の学生の少なくない数の人が、この症例が当てはまるのではないかという。音や目に入る情報の量、人との距離など、自分のサイズに合わせた暮らしへと調整することで、大事に至るのを防ぐことができるそうである。今でこそ、不登校は大きな問題となり研究も進んできたため、こうしたことがわかってきたが、数年前までは、甘えやたるんでいるだけなどといわれたものである。
「どうして自分が乗り越えられたのか考えてみると、大学で多様な人、多様な価値観に出会うことができたからではないかと思います。間違いなく自分の殻を破るターニングポイントになりました。大学って、本来は自分の視野を広げ深める場、モノや人との関係性を豊かにするための場だと思うんです。自分の状態を緩和したり、個性として生かせたりする環境に行くことができればいいのですが、現状では、そのことを教えてくれる人がまだ少なかったり、そういう知識がなかなか得られなかったりです。自分の経験が、今やっていることにつながってますね」。
在学中は、自分を掘り下げることに時間を費やした。自分のテーマを掘り下げ続けることによって、結果的に他者や社会とつながることを学んだ。
「例えば、動物にあまり関心のない人が、よく知らずに動物に関係する商品をデザインしたとします。そうすると、どこか?のあるデザインになってしまいます。こうしたことにデザイナーは責任を負わなくても済んでいます。アウトプットには責任が伴うので、自分が責任を負えること、関心を持ち続けられることをテーマにしなさいと徹底的に教えられました」。
自身の経験に基づき、自分や相談者、その環境を掘り下げて考えることは現在に大いに役立っているという。「卒業するとき、萩原周先生に『松永は、興味がプロダクトや建築に向くのではなく、いつも人に向かうんだよね。人っていったいなに?ということに。そこをちゃんとやっていけばいいんじゃないかな。』といってもらいました。その言葉が忘れられず、ずっと残っています」 。福祉とデザインは遠くない。
デザイン学部の助手を務める間、休学する学生の増加に胸を痛めた。経済的な理由もあるが、それぞれ個人の背景をうまく生かしきれていない人が増えているような印象だという。大学を卒業すると、社会との適応に悩んでしまう人も多い。働き方改革が叫ばれる昨今だが、働くということにもっとバリエーションを増やしていかなければいけないと危惧する。「枠組みに無理に自分を合わせていくのではなく、自分の心地いい場所や自分の生活、体質に根差した働き方、睡眠時間や食事の時間など一人一人検討しながら支援をしています。理解のある企業も徐々に増えてきていますし、ロールモデルをもっと増やしていきたいと取り組んでいます」
現在は、お話を伺っているカフェのほか、名古屋工業大学とのサポートツール共同開発、岐阜県発達障害者支援センターで教育、福祉、医療分野などの専門家が集まって行うプログラム開発、そのプログラムを医療機関へフィードバックする仕事など、発達障害者支援にさまざま形で携わっている。設計してプロダクトなり建築物なりを創るのではなく、人の事情を加味し、組織や人の関連性を合理的な形に置き直す。まさしくデザインの仕事といえよう。「常識をつねに問い直しながら、そこに新しい価値を付加する。既存の価値観に揺さぶりをかけること。デザインで学んだことが今の仕事にも生きていますよ」。
もしも、うまくいかないと悩んでいたり、こうした業務に興味があったりするようであれば、ぜひ、Book Cafe Co-Neccoを訪れるか、「当事者会」というキーワードで検索して欲しいと付け加えてくれた。そして、一人でも多くの人の悩みを何とかしたいと強く語った。