誰だってできる時代
MCバトルイベントで華々しい戦歴を残し、ヒップホップ界で独自の存在感を獲得、全国区のTV出演などの仕事もこなしながら、名古屋を拠点に活動を続けている。とりわけ高校生や20代に知名度が高く、栄辺りを出歩こうものなら、背後から写真を撮られたりすることもしばしばで、人の目を見られなくなったという。ヒップホップ、ならば音楽専攻かと思ったが、そうではなかった。漫画家になりたくて、学生時代から作品を描いていたという。現在、本学では、音楽、美術、デザインが同じ芸術学部に統合され、東と西で隔たりはあるものの、ある程度自由に授業を選択できるようになった。そんな選択ができる以前でも、創作の源が音楽である美術作品や、美術作品に触発されて作られた音楽は数多存在する。「イラストコースで、まったく音楽は関係なかったですね。在学中は漫画を描いてました。4年生のときに、プロになりたくて応募用に書き上げましたが、結局、1作しか描けなかった。卒業後、フリーターになり、アルバイトしながら漫画を描く生活をしていましたが、もう一度作品を描こうと思っていたタイミングで音楽へ行ってしまいました」。
どんな漫画を描いていたか? 聞けば、暴力が描きたかったと。「今になって思えば、物語を描きたかったわけではなく、ただ暴力を描きたかった、戦っているシーンだけを描きたかったですね」 高校を卒業したところでプロの漫画家のアシスタントに就き、漫画家になるつもりだった。ところが、大学に進学できるんだったらしたほうがいいと両親に勧められ、進学することにした。「そのまま行ってたら漫画家になってましたね。大学の4年間、ふわっとした時間を過ごせたおかげで、音楽へ寄り道することができました」。
音楽との出会いもユニークである。もちろん、学生時代からヒップホップは好きで、よく聞いていたそうだが、自分でやってみようとは思っていなかったという。「卒業してからクラブへ遊びに行くようになって、自分でもやってみたくなって。ヒップホップは、いきなり人前でやるわけじゃないですか。それが面白くて。僕は漫画を描いていましたが、原稿を持ち込んだのではなく郵送したので、感想ももらっていない。漫画は、誰がどんなふうに読んでくれたかもわからない。それにくらべると、ヒップホップはいきなり人前だし、レスポンスもある。それが100倍くらい面白くて、速攻で漫画はどうでもよくなりました。こっちだって!」。
リズムにのって繰り出される言葉が面白い。歯切れよく耳に快感をもたらすのもさることながら、その内容が興味深い。ヒップホップは、ポップスにくらべ歌詞の言葉の量が多く、それだけ内容を詰め込むことができる。歌詞には、個人の、ひいては今の世のやるせない部分や暗然たる気分が歌い込まれている。漫画とヒップホップ、創作に共通する部分はあるのだろうか。「あまり意識していないですね。でも、根っこの部分は、同じかもしれません。漫画を描くときセリフを描きますが、そういうところでは共通するものがあるといえば、あるかもしれません。ただ、漫画はあくまでもフィクションですけど、音楽は自分のそのままを出しているので、そこは全然違いますね」。
そして、独特の湿った言葉たちの源流は、ヒップホップだけではないという。「ヒップホップを聞くようになるまでは、ロックばかり聞いていました。ほかのヒップホップをやっている人たちとは、そこが少し違うのかもしれません。ヒップホップだけを聞いてヒップホップをやっている人は、そこで使われている言葉だけで勝負しようとします。僕がヒップホップを始めたのが22歳。ほかのラッパーは、10代で始めているのがほとんど。それまでロックばかり聞き、その歌詞に感銘を受けたり、言い回しを覚えたり。インプットする時間も長かったし、言葉を選ぶ嗅覚みたいなものが、ほかの人とは少し違っているのかもしれませんね」。
音楽であれ芸術であれ、プロになってやっていくことにセンスはいらない。ただ食べていくためだけなら、やる気さえあれば誰でもできるという。「プロになってメシを喰うことだけを考えるなら、やる気と人付き合いだけでやっていけると思う。どんなジャンルでも、寄り道せずにそこに向かっていけば、上手い下手なんて関係ない。どれだけやる気があるかだけ。でも、やる気と人付き合いで仕事をもらっているうちは二流。そうじゃないところを目指さないと。小間使いで終わるような人はいくらでもいる」。
必要な知識は、誰でも簡単に調べることができる時代である。知らなかったでは済まされない。できないことでも、調べてなんとかすることができる、誰でもなんでもできる時代だという。「この時代に落ちこぼれるアーティストがいるとするなら自分のせい」と手厳しい。と同時に、自分をどう見せていくか、自己プロデュースが必要だと話す。「自分は自分の価値がわかる人間。自信のない人は、相手に自分がどう写るかばかり気にします。自分に自信のある人は迷いがない。傲慢なところもあるけど、それが成功してる人。大学生なら、自分はほかとどう違うのか、自分の武器みたいなものを4年間のうちにしっかり持っておくことが大事だと思います」 第一線で活躍する者の言葉には、聞かせるものがある。