第45回卒業制作展記念講演会 東浩紀氏による記念講演会を開催しました

2018年2月17日(土)〜25日(日)、本学西キャンパスにおいて、第45回名古屋芸術大学卒業制作展を開催しました。卒業制作展は、例年、愛知芸術文化センターにて開催していましたが、今年度は改修工事のため休館中であり、初めて本学の校内で行うこととなりました。記念講演会も本学校内での開催となり、今回は批評家であり、作家でもある東浩紀氏をお招きし、B棟大講義室にて「『観光客の哲学』と芸術の使命」という演題でお話しいただきました。

はじめにデザイン領域主任 駒井貞治准教授から、ごあいさつと東氏の紹介がありました。東氏は、近現代の思想家の思想と、現代の私たちの身の回りで起こっていることを結びつけて解き明かし、新しい視点を与えてくれるたくさんの活動を続けていること。駒井准教授自身の、京都に30年住んでいても古くから京都に住んでいる人から見れば他所から来た人としか思われていないという経験を説明しながら、ずっとそこに住んでいる人には見えないユニークなものの見方や使命について、考えることができるのではないかと紹介しました。

演台にはパソコンが用意され、スライドを使いながら講演が始まりました。東氏は、簡単な自己紹介として、自身が代表を務めるゲンロンを紹介し、フランス哲学を学び大学で教鞭を執っていた自分が、既存のメディアや枠組みの中では難しくなってきている本を出版するために独立してゲンロンを作り、カオス*ラウンジという若手のアーティストコレクティブの活動もはじめ、オルタナティブアートの美術教育を行う新芸術校の紹介を行いました。

その活動の流れに「観光客の哲学」という考え方は密接に関係しており、本題の「観光客の哲学」について話題に移りました。最初に、講演の要点が示されました。アメリカのトランプ現象、イギリスのEU離脱、日本でも憲法改正論議などを例に出し、現代はどちらを支持するのか、「友」と「敵」を鋭く区分する社会になってきていると説きます。これは、カール・シュミットの政治理論(友敵理論)で説明されているもので、政治というものには本質において友と敵を分割するところがあり、市民が政治について話し合うとどうしても友と敵という構図になってしまい、単純化してしまった場合、人々が思考を停止させてしまうような情報キャンペーン合戦になり、大きな問題を扱う国民投票では、多くの場合、拮抗した結果になると説明します。

そうした現代の世の中で、賛成、反対だけではない別の形態の思考はないか、もっと柔軟に考えることはできないのかということで、共同体の内側でも外側でもない存在、村人でも旅人でもない、内側と外側の両方に属し、また、属さない存在としての「観光客」に着目し、「観光客の哲学」を考えたとのこと。

さらに、従来なら、公共の場においては建前的な正論を述べても、もう一方では、法律だけでは裁けない……とか、君と僕は同じ人間だから……といったことがクッションとなって社会が動いていた部分があったが、現代ではSNSの普及もあり、皆が皆を監視しあうような世界になっている。作家も、差別表現に当たらないか、軽犯罪法違反になるのではないか、それらのことを気にかけており、表現が萎縮しているという問題が発生している。従来なら「公」という領域のほかに「私」という領域があり、「私」で処理されてきたものが「公」に吸い出されてしまっている現状がある。そこで「私」が「私」のままでつながり新しい「公」を作るようなことができないか。その実践として、ゲンロンを立ち上げたのであり、最初の「友」と「敵」を区別しない立場と合わせ、それらが「観光客の哲学」であると説明しました。

芸術家の使命としては、現代のひとつの流れとして、リサーチして、美しくデザインして、それで社会をよくする、そうしたことを美しくプレゼンする運動「ソーシャル・エンゲージ・アート」という社会と芸術の関わり方があるが、それならば芸術家ではなく、市民運動家やNGOがやればいいのではないかと異見を述べ、芸術が社会と関わるということはもっと異なったものではないかと説明します。芸術家は、「友」と「敵」の区分を攪乱し、「私」が「公」に回収されないような表現を作ることで社会に介入し、その表現の鑑賞者を社会や「公」から引きはがし、自由にすることが、その使命だと説明します。個人的には、と前置きしつつ、誰にとっても良い正しいことを美しく提示すということは芸術家の役割ではない、と話します。

この考えの実践として、ゲンロンがありますが、さらなる実践として、原発事故を起こしたチェルノブイリ発電所の産業遺産とキエフの歴史を巡る「ダークツーリズム」の紹介がありました。「観光」に行く前と帰って来た後にワークショップを行うと、事前では、原発の是非や事故の規模、健康被害などが大きく関心を占めていたものが、事後では、自然の美しさ、ウクライナの文化、ソ連時代の産業遺産、廃炉作業員との交流というように、関心が大きく変わるといいます。観光客という「中途半端」な存在を経験することで、「友」と「敵」に分断された関係を、もう一度「つなぎ直す」ことになるのではと、説明しました。観光してもチェルノブイリや原発に対する「公」としての立場や考え方については変わらないかもしれないが、観光することによる「私」的な経験や感じ方の変化が、議論を柔らかくし、発展的なものに変えていくのではないかと説明します。そして、そうした豊かなつながりをどうやって作っていくかが哲学や芸術の使命ではないかといいます。

単純にすべての人が正しさを求めて友と敵に分かれる時代に対して、抵抗していってほしいと講演をまとめました。

内容の濃い講演で抽象的な概念を含む内容でしたが、いくつも質疑の手が上がり、来場者たちも熱心に聞き入っていたことが伝わってきました。質疑応答の時間を延長しつつ、真摯な応答にする東氏が素晴らしく、非常に有意義な記念講演会となりました。

デザイン領域主任 駒井貞治准教授から東氏を紹介

一般から申し込みで訪れた来場者も多く、客席には幅広い年齢層の方々が見られました

スライドを使いながら、講義を進める東氏

速い口調で、濃い内容の講義となりました

要点がまとめられ、抽象的な事柄も実例を出してわかりやすく解説

「公」と「私」を先鋭的に区分するのではなく、もっと豊かなつながりを作るのが芸術家の使命

「友と敵をつなぐ公的な私」を作り、「友」と「敵」とを分断する時代に抵抗していってほしいと講義をまとめました