※講演部分は音声のみとなります。
卒業制作展 50回記念講演会第1弾として、2023年2月7日(火)日本芸術院会員である画家 千住博さんをお迎えし「学生の皆さんに伝えたいこと/創造の現場より」という演目でお話しいただきました。千住氏は、1995年創立100周年のベネチア・ビエンナーレで東洋人初の名誉賞を受賞、以降イサム・ノグチ賞、恩賜賞、日本芸術院賞など数々の賞に輝きます。作品はメトロポリタン美術館、ブルックリン美術館、シカゴ美術館をはじめ、国内外の主要美術館、薬師寺、出雲大社などに収蔵され、高野山金剛峯寺、大徳寺聚光院の障壁画も担当するなど、現代を代表する日本画家であり、現代アート作家でもあります。
講演のテーマとして、「類型のない作品を生むにはどうしたらいいか?」「コンテンポラリーアートとは何か?」「伝統と革新はどういう関係か?」「世界で活躍するにはどうしたらいいか?」「どうやったら個性は磨けるか?」、とこれらの命題を掲げ自身の経験とたくさんの映像を織り交ぜながら、考えをお話しいただきました。
アートについて深く考えるようになった転機として、2013年に制作された大徳寺聚光院の襖絵「滝」を挙げ、聚光院には国宝である狩野永徳の花鳥図があり、その隣に自分の襖絵が並べられることになったことについて「永徳と比較されたら敵うわけがない。歴史的にも最高峰であり、勝負にならない。伝統的な美術の世界でこそ求められてるのはコンテンポラリーアートではないか。類型にとらわれず、比較されない形で自分を展開する気持ちで制作しよう。自分が美術史のどの流れにある作家であるかを自覚しつつ、前例にない仕事をやっていこう」という考えに至ったといいます。
この命題を前置きに、旧石器時代のショーヴェの洞窟壁画にはじまり、中世、西洋絵画の父と呼ばれるジョット、ルネサンスのボッティチェリとミケランジェロ、続きダビンチと同時代の狩野永徳、さらに尾形光琳、浮世絵の北斎と広重、洋画に戻り印象派、その延長として現代アートのはじまりであるデュシャン、その流れからウォーホル、ラウシェンバーグ、そしてダン・フレイヴィンやウォルター・デ・マリア、アンゼルム・キーファー、ゲルハルト・リヒターといった現代の作家までの作品と背景をかけ足で説明します。
通常、解説される美術史の説明に加え、同じ作家としての立場からの視点と背景の考察がユニークで、非常に興味深い内容です。
旧石器時代の壁画からは「観察と記録」という絵画の機能にはじまり、「時間と空間」を意識していたと指摘、中世の絵画からは見えないものを見えるようにし始めたこと、さらにルネサンスや狩野永徳、印象派からは時代背景に対して社会の希求を見いだします。こうしたなかから芸術の役割として「ないものを指摘し、あるべき世界を示す」ということを挙げ、「美とはなにか?」という問いには「生きていて良かった、元気が出たと、生きるということに対して前向きになる気持ちを感じさせる働き」が美であり美的感動だと説明します。「美は生きることを肯定し応援する感性である」と結論付け、生きていくための本能であるといいます。優れた芸術の要件として「プロセスが見えること」を挙げ、絵画に限らずすべての領域の作品でプロセスが見えることが、芸術と工業製品を区別する要件の一つと説明します。「類型のない作品を生むにはどうしたらいいか?」という問いには、「地球上、また歴史上においても自分とまったく同じ人は絶対に存在しない。つまり、自分自身のすべてを画面に出せば、類型のないものが必ずできる」と説明し、その上で「美術史上のどの文脈の流れに中に自分が位置しているか、という自覚」が大切といい、それがないと美術史的に宙に浮いてしまうと説明しました。「類型のない作品を生むためには、過去を知ることが大切で、伝統は、常に類型のない新しいものの積み重ねである」と説きました。最前線で制作する作家として、現在考えていることを漏らさず伝えていただいたように感じました。
ものの見方と論理的な制作の思考は多くの示唆に富み、非常に有意義な講演となりました。