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名古屋芸術大学 卒業制作展/名古屋芸術大学大学院 修了制作展

 今年で、3度目となる学内での卒業・修了制作展。大学の4年間、大学院の2年間の集大成を発表する作品展です。新型コロナウイルスの影響で、残念ながら人が多く集まるイベントは見合わせ、講演会も中止となってしまいました。さまざま縮小される中での開催で来場者の出足が心配でしたが、多くの方にお越しいただくことができ、学生、スタッフともに安心しました。今回も、スタンプラリーやカフェ、アートショップなど盛りだくさんの企画を用意していましたが、難しい状況の中での開催となりました。

Art&Design Center学芸スタッフ 磯部絢子

一人でも多くの方に作品を見てもらいたい

Art&Design Center 学芸スタッフ 磯部絢子

 今年は日程的に短い開催となりました。昨年は2週間期間がありましたが、今年は週末を2回含む10日間の開催です。運営側の目標としては、集客にこだわりました。来場者を増やし、一人でも多くの方に学生の作品を見ていただくことで、学生に還元できると考えました。それで、来場者にはお祭りのように楽しんでもらえるよう、ポップな感じのポスターを作成し、スタンプラリーやバッジを企画・用意しました。ポスターは駅に100枚貼り出し、遊び心といいますか、シークレットで20枚に1枚はシールを貼ってデザインが変えてあるんです。そんな仕掛けをしてSNSで発信するなど、いろいろ試しました。まだ、最終的なまとめはしていませんが、おかげさまで、1日あたりの平均でもトータルでも昨年を超える数の方に見ていただくことができました。
 今年の試みとしてもう一つ、作品を販売するアートフェアを開催しました。学生に、自分の作品が売れるということを体験して欲しいと思い立ったのと、私自身、ミュージアムショップが好きで、集客にも役立つのではと考えました。たくさんの作品が売れ、とても嬉しく思います。また、こうしたショップを大学内に常設して欲しいという声もたくさんいただいています。
 作品については、大学内での卒展も3回目を迎え、学生たちの展示の仕方が上手くまとまってきたなという印象を持っています。完成度の高い、密度の濃い作品が多いと感じました。個人的には、制作が難しいのですが、歩いているだけで目に飛び込んでくる屋外の作品がもっと増えるといいなと思っています。学年によって個性が違うのですが、学生らしいパンチの効いた作品も、もっと出てきて欲しいですね。多くの来場者に、作品の完成度の高さを感じていただけたようでもありますし、何より楽しかったという声が聞けたことを嬉しく思います。

卒業制作/修了制作 出展学生インタビュー

芸術学部 芸術学科 美術領域 日本画コース 4年 増岡美紀
増岡美紀 作品
増岡美紀 作品

2つのコンセプト

芸術学部 芸術学科 美術領域 日本画コース 4年 増岡美紀さん

 作品名は「関心」。コンセプトとして2つのことを考えました。ひとつは、自分と他者とのこと。自他論といいますか、他人を認識することで自分を認識するような、そういう考えを自分なりに解釈した作品です。牛(バイソン)が2頭、お互いを感じていて、相手を認識しながら自分を見つめているような感じに仕上げようと考えました。近しい関係ですが、混じり合っているわけではなく、少し距離を置いた関係です。制作しているうちに、相手に関心を持っていることを表すにもいろいろな形があることを感じました。
 もうひとつのコンセプトは、人間に殺される生き物としての牛です。私は、この2年動物を中心に描いてきました。テーマとして生き物を描くことには、血や肉についての考えがあります。絵の背景にある赤は、血をイメージしています。東山動物園で観察することが多いのですが、肉牛として飼われている牛とは違いますね。肉牛として飼われている牛たちは、いつか殺されてしまうことに気が付いているような気がしてなりません。でも、動物園の牛たちは、そのことを意識しないで暮らしています。関心があるのかないのかよくわかりませんが、「関心」というキーワードにつながっているようで、タイトルにしようと考えました。
 絵の牛たちは動物園で見た雌牛と若い雄牛ですが、たまたまこのポーズになっていて惹かれました。人間も2人で立っていると、恋人だろうか、親子だろうか、友達だろうかと関係性を想像します。そうしたことを読み取ろうと想像することが面白いなと感じています。
 私は、自分が人からどう見られているか、気にするタイプでした。よく見られたいと意識していました。でも、それってどういうことなんだろうと考えるようになり、哲学的な観点から考えたいと本を読んだり、勉強したりしました。自分と他者との関係性や自分について考えたこと、それを絵の中に入れていきたいと思い、絵画としての魅力につながるようにと考えました。描いているうちに、他人からよく見られたいという意識は薄れていき、今はどう見られてもいいという考えになってきています。

芸術学部 芸術学科 デザイン領域 ライフスタイルデザインコース 4年 大北貴志
大北貴志 作品

紙という素材の未来

芸術学部 芸術学科 デザイン領域 ライフスタイルデザインコース 4年 大北貴志さん

 実家のある三重県、大学のある愛知県の11の一級河川の水を使って紙を漉き、その比較を行いました。“ペーパーフリー”という言葉があります。紙が不要になりつつある時代ですが、本当にそうなのかという疑問を持ちました。ペーパーフリーを直訳すると、紙が自由になるという意味でもあります。紙が不要になる時代は紙が自由になる時代であると捉え直し、これまで固定化されてきた紙の概念から解放され、もっと高い水準で必要とされるようになると仮定しました。では、高い水準とはどんなことかと。素材としての肌触りや風合いを残しつつ、ローカル化され多様化していくことと考えました。水の違いで紙の違いが生まれることを知り、さまざまな川の水で紙を漉いてみました。紙の違いは、その地域特有の風土を表すことになりました。
 もともと素材に興味がありました。僕は、あるパン屋さんのバゲットが大好きなんですが、原材料はどのパン屋さんもそれほど違いはないはずです。でも、違いがある。どうしてだろうと考えました。パンも身近なものですが、身近なもののことはかえってあまり知りません。大学で紙をたくさん使ってきましたが、紙を作ることに関して深く考えていませんでした。調べてみると知らないことばかりでした。水についても同じです。身近なものだから知らなくて、でも、身近なものだからこそ表現したいと考えました。
 土佐和紙について調べ、高知県のいの町紙の博物館に行ったとき、学芸員の方から昔は川で原料をさらし、川の水で直接紙を漉いたと伺いました。また、紙を見て川の違いを見極める目利きがいたと聞きました。そして、川の違いで紙の違いが出るだろうと、ことによったら生活排水など、その日、その場所からしか得られない変化が生まれるだろうと考えました。
 ローカルで多様化されていくことに関しては、グローバルとローカル、相反するものではなく、一対のものではないかと思っています。ローカルなものを丁寧に発信するすることでグローバルにつながる。ローカルといえど、グローバルにつながる面があると思っています。もっと紙の使用が減った将来、素材としての紙の重要性が増してくるのではないかと考えています。

イベントレポート

湯山玲子氏 記念講演会
湯山玲子氏 記念講演会
湯山玲子氏 記念講演会

卒業制作展記念講演会 特別客員教授 湯山玲子氏「現場主義のアートマネジメント」開催

 2020年2月24日(月)、著述家・プロデューサーである特別客員教授湯山玲子氏をお招きし「現場主義のアートマネジメント」という演題でお話しいただきました(29日に予定されていたAC部 安達亨氏 板倉俊介氏の講演はコロナウイルス感染防止のため中止となりました)。
 講演に先立ち、津田佳紀副学長からご挨拶、湯山氏のプロフィールの紹介がありました。これまでに出版された著書に加え、幅広い活動の一端を紹介、アート、演劇、クラブカルチャー、音楽、食文化とさまざまな分野で活躍していることが紹介されました。
 講演は、自身の経歴の説明から始まりました。男女機会均等法以前、歴然と就職に男女差別があった時代に、カルチャー情報誌「ぴあ」に新卒として入社、編集者としての経験が現在の活動のベースにあるといいます。「基礎教養、ナレッジの全ては、編集者、という仕事にあった」として、著述、コンテンツの制作、広告制作、コンサルティング、プロダクト・クリエイティブ、エキシビション、イベント……、これら全てのことを編集者として現場に接することで身につけたといいます。90年代までは、そういった仕事の多くは資金とマンパワーが必要で、どうしても組織力が無ければ実現できなかったのですが、現在ではインターネットを使いアートマネジメントができるようになったといいます。湯山氏は、さまざまな分野で活動していますが、全ての活動に共通することとして、アートに関しての考え方とお金に関しての考え方に独特の視点があります。アートに関しては、現代アートのあり方について多くの議論のある現状ですが、アートは、単に人を慰安し、楽しませるというエンターテイメント性だけではなく、あるときには人間の闇に抵触し「心に傷を残す」ことがあるわけで、清濁併せ呑むような、寛容性が重要といいます。お金に関しては、「お金は人を鍛える」と説明し、開催者側であっても参加する側であっても、金銭的に見合うことが重要であり、常に金銭のやりくりを考えて採算の合う方法を考えなければならないといいます。表現に即したマーケット(観客)の存在を、それを無視するにせよ、意識しなければならず、同時に時代性も考慮しなければならないと説明します。マーケティングでは、性別、年齢といったマーケットの属性を重要視しますが、徐々にそれが合わなくなってきている現状について説明します。個人的な嗜好が優先されることが増え、世代論的な考え方が実情に合わなくなってきていると問題を提起し、本格的、孤独、といった男性をイメージするキーワードは女性に当てはまり、男性は女性がやっていたことに当てはまる、男女が入れ替わったり混在するようなことに新たなチャンスがあるのでは、と自身の経験を交えて説明しました。仕事としてマネジメントを行うにあたり、プロダクション的に依頼を受ける受注仕事、タイアップ的にコンサルを行う仕事、自発的に表現を行う自分の仕事という3つの方向性があり、それぞれにリスクがどこにあるのか、失敗した場合に誰が金銭的な負担を負うのかを考えておくことが重要といいます。このとき、自分で責任を負う場合であれば保険に加入するなど、現実的な対応についてもアドバイスしていただきました。また、アートマネジメントはSNSとオンラインチケット、クラウドファンディングを活用すれば、個人であってもこれまで広告代理店がやっていたようなことが可能で、ひとりで企画を実現できる時代になっているといいます。ホリプロ代表の堀義貴氏の「現代のコンテンツ産業はプロと大衆の時代である」という言葉を引用し、プロのクオリティの高いクリエイションは残っていく、しかし、そこは棲み分けが必要で、プロがアマチュアもどきを仕掛けると、中途半端なものになり失敗しやすいといいます。ことに印象的なのは、マネジメントは「好きと愛でやってはいけない」と説明し、オタクはそのジャンルの愛好者との係わりしかなく拡がっていかずジャンルを滅ぼす、愛するジャンルにあえて距離を取り、客観的な視点に立ちその領域を見ることによって、ジャンルに欠けている要素を見いだすことが利点につながると話しました。
 これまでの活動を紹介する数々の画像と映像の紹介に加え、後半は自発的な活動として、クラシック音楽を自然環境や歴史的な建築物、トンネルの中など、さまざまな環境で演奏、聴取する「爆クラ」についてのお話になりました。サロン、プラネタリウム、水族館……、さまざまな場所やジャンルとのコラボレーションで、新しいクラシック音楽の聴き方を提案する活動ですが、これまでに説明していただいたアートマネジメントの考え方から派生した活動であることが理解でき、納得させられるものでした。異なった場所や異なったジャンルが混ざり合うことで新しいものが生まれることを体現するイベントで、編集者としてのセンスが息づいていることを感じさせました。常に、採算性を考え、企画を実現するためにはどうすればいいかを考え続けることで企画を実現させており、一貫した姿勢に感銘を受けました。マシンガントークという言葉がふさわしい言葉数の多さと多岐にわたる情報量の多さ、示唆に富む含蓄を含んだ言葉の数々、質においても量においても圧倒される講演となりました。

卒業制作優秀賞・ブライトン大学賞 授賞式
卒業制作優秀賞・ブライトン大学賞 授賞式
卒業制作優秀賞・ブライトン大学賞 授賞式

卒業制作優秀賞、ブライトン大学賞 発表

 卒業制作展も終盤に差し掛かった2月28日(金)、B棟大教室にて、卒業制作展優秀賞ならびにブライトン大学賞が発表され、授与式が行われました。例年ならば、授与式の後、祝賀会が催されるのですが、今年は新型コロナウイルスの影響もあって残念ながら中止となり、授与式のみの開催となりました。竹本学長から、空間を表現する美術、デザインの学生にとって大学という制作の場で作品を展示することは大いに意義のあることではないか、と挨拶があり、授与式は始まりました。
 優秀賞、ブライトン大学賞ともに、美術領域4コース、デザイン領域10コースから選定されます。卒業制作展最優秀賞は、洋画2コース 高橋凜(たかはし りん)さん「CHASHITSU」、テキスタイルデザインコース 中嶋すみれ(なかじま すみれ)さんの「花束ワンピース」、ブライトン大学最優秀賞は、スペースデザインコース 伊藤航大(いとう こうだい)さんの「継手家具・婆娑羅」が受賞しました。
 ブライトン大学からお越しいただいたカテリーナ・ラドバン先生からは、「ブライトン大学と名古屋芸術大学の長年にわたる友情を非常に大切に思っています。交換留学を始めてから23年、お互いの大学、また、学生にとって非常に有意義であることを確認し、遠く離れていながらも共同で何かを創るテクノロジーについて話し合いました。ブライトン大学でもコースの再編成が行われ、より意見交換や共同作業がしやすくなると思われます。卒業制作展を鑑賞し、何人かの学生と話をしました。作品にも、またプレゼンテーションにも大いに感銘を受けました。最優秀賞を決めることは非常に困難でしたが、ノミネートされた学生、また選に漏れた作品もすべて非常にレベルが高く、創造性に対して敬意を表したいと思います」とのお言葉をいただきました。
 授与式に併せて、愛知県美術館で開催される卒業・修了制作展(※)で出展される作品発表がされ、授与式は終了となりました。
(※新型コロナウイルスの影響で中止)