特集

49号(2019年10月発行)掲載

民族音楽に音楽の未来がある

特別客員教授 岡野弘幹

 一般的な音楽の捉え方は、12音階の中で構成されるもの、そういう認識だと思います。ところが民族楽器の場合は、その12音階に収まらない音もあります。そういうものも含めて、音であり音楽である。こういう認識を持ってもらうことができれば、とても意味のあることではないかと考えています。

 僕自身、J-POPの制作に係わる仕事をしてきました。TV CM、ラジオ、テレビ番組のサウンドディレクター、またいろいろなアーティストのレコーディングサウンドディレクターとして仕事をしてきました。あるとき、日本のレコード会社でデビューしたあるミュージシャンを、イギリスのレコード会社からもデビューさせることになりました。日本で決められたコンセプトに従い、音を作り込んでイギリスへ向かいました。現地で、イギリスのプロデューサーに聞かせたところ、彼からこんなことをいわれました。「日本人の作る音楽は、何でこんなに物真似が上手なんだ」と。当時、ニューウェーブやパンクがすごく広まった時代でもあり、僕らはそういうニューウェーブやパンクの感じがするものを精いっぱい作り上げて持っていったわけです。自分たちではカッコ良い素晴らしい出来だと思っていたのですが、当のイギリス人からすると物真似としか聞こえていなかったわけです。
 彼は「日本から来るポップス、アジアのミュージシャンが作る音楽が僕たちと同じものなの? 本当は自分たちの音楽があるんじゃないのか」というんです。その言葉を聞いた瞬間、非常にショックを受けました。それで、日本に帰ってきて、日本古来のメロディーライン、ししおどしの竹が落ちる音であるとか、そんな音をどんどんサンプリングして、日本人が感じる日本の音を探し始めたわけです。
 そうやってアルバム1枚分の音を作り、世界中のレコード会社に送りました。日本では相手にされませんでしたが、ドイツの会社が非常に興味を持ってくれて、すぐにドイツへ来てくれと連絡が来ました。10年契約の契約書を作って待っていて、その場で契約することになりました。その後、10枚のアルバムをリリースしましたが、その間に、イギリスの音楽プロデューサー デイブ・グッドマン(Sex Pistolsなどをプロデュース)から連絡が来て、グラストンベリー・フェスティバルに出演することになりました。それまでJ-POPを作っていた人間が、ヨーロッパに行くことになり、グラストンベリー・フェスティバルに行ったら、世界中からミュージシャンが集まっている。新しい楽器も集まっており、そこでいろいろな実験が繰り返されている。その中に、突然放り込まれたわけです。そこでまた非常に大きな衝撃を受けました。
 ワールドミュージックとはどういうものなのかということを考えるのですが、その凄さは、アフリカの音楽とトルコの音楽、中東の音楽、地中海全体の音楽が一つになったりすることです。それまでにあった音の既成概念だけに縛られるのではなく、その外側に出ていこうとする。そうした中から感動というものは生まれます。いろいろなジャンルのミュージシャンが混ざり合うことで新しいカテゴリーの音楽がたくさん生まれましたし、それを実際に当事者として体験することができました。音楽の可能性はまだまだあるということを僕らに教えてくれています。

 西洋音楽が日本に入ってきて以来、西洋音楽が音楽であるという認識になっています。でも、音楽の世界はそれだけではありません。その認識を越えていくきっかけのようなものが提案できればと思います。そういうところに音楽の未来があるかもしれないと考えています。そういう可能性を持っているのが民族音楽だと思います。芸術大学の役割として、優れた演奏家を育てるということも大事ですが、同時に優れたアーティストの感性を育てていくことも大事です。これからの若者が進んでいく道の一つとして、幅広く音楽を捉え、異なった文化が出会うことで新しい音楽が生まれるという意識を持ってもらうことができれば、日本の音楽の未来は明るいのではないかと思っています。