OB・OGインタビュー

古川峰世(Mineyo)さん

音楽療法コース卒業
音楽療法士、シンガーソングライター
「Belle Équipe」というユニットで、舞踊家 倉知可英氏、写真家 園田加奈氏とコラボレーションし映像作品などを制作
音楽療法の他、CM・ショートムービー等の音楽制作、楽曲提供、舞台出演、ワークショップなどを実施
Mineyo Official Website

音楽療法は、自分の音楽の表現でもある

今、何をしていますか?

自宅のスタジオ(Studio U*CCA)で、音楽療法をベースに、ピアノのレッスンやワークショップなどさまざまなことをやっています。

卒業してからはどんな仕事を?

じつは、音楽療法を学ぶ前に、別の大学の経営情報学科というところに行っていまして、卒業してから一旦、就職し働いていました。働き始めましたが、在学中から音楽活動もやっていて、音楽を続けたい気持ちが強くなり、芸大に入り直しました。音楽療法コースを卒業してからは、名古屋で音楽活動と音楽療法士の仕事を始めました。ところが結婚を機に、名古屋を離れることになり、一時的に活動はゼロに。また、女性特有の肺の病気になり、思い切り声を出すことや歌うことに少し制限ができてしまいました。名古屋へ戻り、ブランクは空きましたが、仲間たちの支えもあり、再び音楽療法と音楽の活動を始めました。

名芸を選んだ理由は?

働きながら音楽を続けたいと考えていたとき、たまたまNY大学の音楽療法のことを知りました。音楽は大衆に売れることが大きな目的となっていますが、音楽療法を見て、こんな音楽の受け入れられ方があるのかと衝撃を受けました。勉強したいと思いましたが、NYへ行くわけにもいかないし、音楽療法を学ぶことのできる大学を探しました。調べていくうちに、名芸のことを知り、編入できることもわかりました。第1期生で3年編入なんですが、前の大学から認められる単位も少なく、2年間で4年分勉強したような感じでした。私は、昼間は大学で勉強し、終わってから仕事をして、夜また勉強するような生活をしていて、すごく大変でした。大変でしたが、教育実習も行ってみよう、やりたいことをやろう、と寝る間も惜しんで勉強したいことを勉強することができ、本当に濃厚な時間を過ごすことができました。

大学での経験で役に立ったことは?

サウンドメディアなど、自分の専門とは違う領域の人と出会うことができたことです。オーケストラと共演するルネッサンスなど、いろいろなことにチャレンジする機会があり、面白い経験がたくさんできました。音楽だけでなく、さまざまなジャンルのクリエイターと知り合いになったことも大きいです。そうした人たちとの出会いから、自分は音楽だけでなく、目に見えないものを形にすることが好きなんだと実感しました。また、自分のことを理解してくれる人がいるだけで自分に自信が持てることに気付かせてもらえました。人と関わり合うことはとても大事なことだと感じます。

今、ハマッていることは?

自宅で音楽療法をやっていますが、自分なりの音楽療法ができないかと模索しています。子供はもちろん、お母さんもリラックスして休むことのできる場所、まわりの家族もケアするようなことです。始めた頃は、正しいやり方じゃないんじゃないか、独りよがりになっていないかと思うこともありましたが、表現活動をする仲間のクリエイターの助言や手助けもあり、子供とその家族のための音楽の空間を作ることができるようになってきたのかなと思っています。また、音楽だけでなく、ものを作ることの楽しさを共有できるような、音楽以外のことも取り入れたワークショップも始めました。シンガーソングライターとしての音楽活動は、音楽療法の活動と分けて考えてきましたが、やっていくうちに相手に音楽を届けるということにおいて同じだなと思うようになりました。音楽で一体になり感覚を共有する点は同じだと。音楽療法は、自分の音楽の表現でもあると思うようになってきました。

名芸を目指す人に一言!

大学ではたくさんの人との出会いがあり、それが今の私にとってなくてはならないものとなっています。やってみたいなら、やってみることをお勧めします。大学は、いっぱい失敗できる場所でもあります。失敗の経験は何よりも大切で、いっぱい失敗したらいいと思うんです。やりたいことをやってみる、それができる場所です。

[Photo] Kamu

ママと一緒に「やってみよう!」と、子どものために楽しいアイデアを出し、急遽、実験的に実施したプールでの音楽療法の様子